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Photo byhidemaro2005

noteでの平和、花を咲かせましょう

    「noteって変わったな」
    わたしが来た三年前と比較して

    自由を担保するには「全ての自由を認める」
    これはあってはならないワケで
    最低限「他人の自由を制限する自由」に関して
    認めちゃいけないもの

    ところが
    根拠のないデマや差別、脅迫が記事になり
    これまで知的で冷静な方だと信頼していた人が
    デマや差別、脅迫を容認し
    コミュニティにおける馴れ合いの果て
    悪辣を「あの人はいい人だから」で許容している

    本来なら、根拠や証拠のないデマや差別、脅迫は
    批判に晒されるのが現行で
    noteには、言論の自由市場などない

    他人に寛容であるnoteは
    不寛容に対してだけ、寛容を認めちゃいかん

    しかし、今は寛容のパラドックスに陥り
    不寛容な書き手がnoteでは持て囃され
    優秀な書き手がnoteから去った


    ◆◆◆
    「noteって平和」の文言を見るにつけ
    平和なんて本当は希少なんだよ
    決着をつけない大人の対応によって
    維持されているだけで、紛争は常にあるものと思う

    人を傷つけない優しい世界は
    『理論的』に存在しているだけで
    実際に、長期的には実現できない世界

    それは『平和を望む』が故に、争うこともあるから

    平和を実現するためには
    自分と違うものを許容する力がないと
    自分の経験を超えたり、不本意があると
    人はストレスを覚え、反発する

    平和が壊れてしまうとき

    自分と似た人ばかりと群れになるのは
    客観性を見失い、自分絶対主義になりやすい
    自分や仲間とは違う意見を
    間違ったものと切り捨てるだけなら、まだいい

    違う意見だから、ヘイトを匂わすスローガンで
    攻撃が始まり、争いが生じてくる
    相手を孤立や退会させようとする匂いが
    デリケートな心の持ち主には、棘になる

    平和って、国家間の利害を考えがちで
    でも
    一般の個人間にも相互理解は平和へ繋がるのだから
    こうした小さな視点での
    平和に着目していけたらいいね

    ヘソで沸かした茶をすすりながら
    「他人へ無関心になるのが救い」だと、ひと息つく

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    https://pin.it/5dosYet



     
    人の淋しさは対象によって癒される、淋しさ わたしの淋しさは 万物でも癒されない定めの淋しさ 手に握る砂が指から零れてしまう 狂人には沈黙を、佳人には微笑みを わたしはわたしの道を歩んでいるだけなのに ©️ももまろうめこのnoteは私に著作権があります 無断転載禁止です

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