
掌編: 飯田橋と板橋
待つ時間は退屈だ。
飯田橋で鈴木さんを待っている。
約束の時間までは、まだ少しある。
ベンチの近くで立ったり座ったりしながら、何度も腕時計を見ている外国人がいた。
ずいぶん苛立っている。
僕は少し迷ってから、英語で声をかけた。
「Are you OK?」
英語で声をかけると、男は怪訝そうに僕を見た。通じないのかな。
「Sind Sie in Ordnung?」
今度はドイツ語で聞いてみた。男の顔に、さっきよりはっきりとした警戒が浮かんだ。
「なんだ、こいつ」そういう顔だった。
すると男は、ため息をついてフランス語で言った。
「私はフランス人だ」
ただでさえ、彫りが深い顔立ちの男性がドヤ顔をするから、負けずに
「あ、そうなんですね」
僕がフランス語で返すと、男は黙った。今度は、別の意味で怪訝そうな顔をした。
「日本人は時間にだらしない。こっちは今朝フランスから来たんだ。お客様を待たせて悪いと思わないのか」
大きな目が不機嫌を際立たせている。
「連絡は?」
「日本に着いたばかりでeSIMがうまく繋がらない。先月はシンガポールにいたんだが、あっちはすぐに繋がるのに。ところで、何か用事か?」
「迷子かなって思って。
どなたを待ってるんですか?」
「仕事相手だ」
「どこで待ち合わせを?」
「ここだ、板橋」
僕は一瞬黙り、聞き間違えたかなと思い
「……今、なんて?」
「板橋だ」
「ここ、飯田橋です」
「同じじゃないのか?」
スマホのスクショを見せてもらうと、確かに「板橋駅」と書いてある。ここから板橋か……。
「ここは飯田橋。板橋ならJRに乗ってください」
「地下鉄では?」
「JRです」
「なんだよ、東京は!紛らわしい地名をつけやがって」
そんなのを僕に言われても。
「フランスも似たようなもんですよ。カンヌとカーンとか」
とりあえず、笑っておいた。
「お〜い、キンクマくん!珍しい、遅刻か」
再び待ち合わせ場所に行くと鈴木さんが来ていた。
「板橋へ行く人を飯田橋から送り出してました」