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Photo byhidemaro2005

わたし、自分のことが好きだから

    将来を語る話題に
    「親が敷いたレールの上を歩く」など言っていたが
    大人になれば
    親から他人へ変わってしまう
    「他人が敷いたレールの上を歩く」

    批判でもなんでもないんだけど
    無難に生きるなら、そうなっちゃうよね

    SNSは7つやって、サークルにもいて
    最近新しいpcも買ったのに
    以前より、段々とネットの閲覧時間が減っている

    最近、でもないかな
    いつからだったかな
    「けもの道を行こう」って、実践していて

    舗装された道を行くのがラクなんだけど
    なにせ、脇道が多いと迷っちゃうのよ
    「これでいいのかな」って

    けもの道は脇道はないが、自己責任

    情報量が多いと、心が削られて
    同時に、自分の生き方や信念が揺らいで
    不要に自責の念を抱いたり、罪悪感を持ったり

    心の中で360°回転しながら、土下座している
    …そんな気分に陥るのね

    じゃ、遮断しちゃえば謝らなくていい
    接する面を減らせばいいだけ

    あとは、自分が書いた文章も懐疑的というか
    批判的な目で見て、正しいと思ってないのよ
    そんな感じだから
    下手に肯定されたりすると、思考が固まりそう

    わたし、自分のことが好きだから
    「分かってたまるか」なんて思っていたりもする

    あまり情報が過多だと
    正確に決断する場面で、決断力が発揮できなくなる
    自分が持っている勘が曇ってくるのよ

    情報通じゃなくても、生活に不自由はない
    ネット歴が長いのに、今更なんだけど
    自分を、コロナ禍前に戻しつつある

     
    人の淋しさは対象によって癒される、淋しさ わたしの淋しさは 万物でも癒されない定めの淋しさ 手に握る砂が指から零れてしまう 狂人には沈黙を、佳人には微笑みを わたしはわたしの道を歩んでいるだけなのに ©️ももまろうめこのnoteは私に著作権があります 無断転載禁止です

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