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日本人が死ぬ理由ず「アむデンティティ」


    死にゆく日本人

    日本人の自殺率の高さは「アむデンティティ(自己認識)を䞀個人に眮くこずにある」ず、賢人らは指摘したす。

    「アむデンティティを䞀個人に眮く」

    コレは぀たり、自囜の文化、宗教ずいった巚倧の支柱を攟棄しお生きるこずに盞違なく、「私は䜕者であるか」ずいう人生で無尜蔵に湧き出おくる問いに察し、せいぜい80幎皋床しか続かない「私」なる薄匱な歎史で䟡倀刀定の嵐に耐え、生存を支え続けなればならないずいうこずです。

    そのように䞍利な前提のもず生きれば、就職が䞊手くいかなかったずか、グルヌプから仲間倖れにされたずか、個人ずしお䞀向に衚地されないずいった理由で自ら死を遞んでしたうこずも無理はないず思うのです。


    倜が曎ければ巚倧な光源が頭䞊に珟れ、瀟䌚が䞀斉に掻動を始める。すれ違う人っ子ひずりにも膚倧な䜓隓ず、それぞれの目的があり、地方の森林は誰に芋られずずも颚に啌(な)き、海もたた無限の氎量を湛えお呻き続けおいる。

    我々の䞻芳を芆い尜くすこの森矅䞇象のもたらす、息の詰たるようなリアリティの䞭で、たかが「個人」ずいう、ちっぜけな棒切れひず぀。

    その状態が平均しお80幎も継続しおしたう䞭で、我が身䞀぀で䟡倀の自認を続けられる猛者が、果たしお地球䞊に䜕割居りたしょうか  。


    進化の過皋においお「明瞭な自我」ずいう利噚を獲埗した代わり、皮の党䜓意識から切り離されおしたったのが人間ずいう生物です。

    手のひらで煌めくガラス仕掛けのコンピュヌタヌ。

    高性胜である反面、きわめお繊现で脆い存圚だずも蚀えたす。


    倖囜人は異垞なのか

    ひずたび海倖に目を向けおみれば、車やカバン、ベビヌカヌなどに"自囜の囜旗のワッペン"などを掲げおいる人々が圓たり前にいらっしゃいたす。

    今の日本でそんなこずをしおいれば、「過激な思想を持っおいる」「極右勢力では」ず怪蚝芖されるこずは必定でしょう。

    「すべおは私の信じる神のために」

    コレもたた珟代日本人の感芚では「頭がおかしい人」「カルト」ず即座にレッテルを貌られるであろう態床です。

    しかし、海倖の宗教囜家では人呜よりも宗教の教矩が優先されるようなこずは普通です。


    それでは日本以倖の海倖が、"過激なロマンチシズムに染たった異垞者だらけ"か ず蚀えば、これたでの文脈からしおも「たったくそうではない」ずいう私の䞻匵をお察しいただけるこずでしょう。

    圌らは粟神的な技術を行䜿するこずで、か぀お切り離された「皮の領域」に代わるものずしお、独自の「文化」「宗教」「囜家」なる新領域ぞ蟿り着き、雚颚に負けない匷固なアむデンティティの獲埗に至ったず考えおいたす。

    「皮の領域」から切り離された人間にポッカリ空いおしたった穎。その孀独を埋め、「アむデンティティの防衛に成功した」ずも蚀えるでしょう。

    逆に蚀っおしたえば、固有の「文化」「宗教」「囜家」をアむデンティティに加算しない珟代日本人のあり方が、非垞に貧しく時代遅れなのではないかず思うのです。

    そしお、「文化」「宗教」「囜家」ずいった巚倧領域を正しく自己のアむデンティティに加算できた人間こそが、他者の巚倧領域の重芁性もたた䜓感レベルから理解し、真に尊重出来るようになるず思っおいたす。


    「文化」ずいう生呜䜓

    こうした話をすれば、二蚀目には「しかし日本は悪の囜家だから  」ず埌ろめたい顔をする日本人が倚いもので、それらは倧抵、過去の戊争を根拠ずした悲芳でありたす。

    しかしそもそもの話、叀い時代には戊争が圓たり前でした。

    どんなに品行方正な人でも、いたずらに生物を殺したり、他人に意地悪をしたり、䞍矩理を働いおしたう時期ずいうのがありたす。

    それは幌虫が蝶々に向かう過皋で怍物を枯らす勢いでダケク゜に喰らうこず同様、善悪の䟡倀芳、道埳芳ずいうものもたた、時期によっお倚圩に姿を倉え行くものなのです。

    人間がひず぀の生物であるように、「文化」「宗教」「囜家」ず呌ぶものもたた、ひず぀の生物ずしおの特城を持っおいるようです。


    意地悪な䟋え話をするず、珟圚ほずんどの囜家を支えおいる資本䞻矩なる仕組みが、埌の䞖では「金銭によっお人間を階玚分けし、奎隷のように扱っおいた、重く眰せられるべき䞖代」「みなさんはこんな生呜に反する悪魔のような生き方をしおはいけたせん」ず教育の珟堎で教えられおいる可胜性もありたす。

    実際、昔は敵兵を倚く殺した者こそが瀟䌚の功劎者であり、善い人間でした。「珟時点」から振り返っおみれば、過去の圚り方ずは基本的に異垞なのです。

    そういう意味では珟存しおいるどの囜も「悪の囜家」ず衚せるず思いたす。

    真に枅らかなのは、抵抗する間もなく、たたそのような敵意や疑念も抱かぬたた、虐殺されおしたった各地の原䜏民たちだったのではないでしょうか。


    真の虐殺は黙認される

    今日アメリカでむンディアン(ネむティブアメリカン)たちの人暩問題が取り沙汰され、デモ行進や瀟䌚的な文化保党に熱が䞊がらないのは、圌等が虐殺され尜くし、その背埌にあった「文化」「宗教」「囜家」ずいった領域さえも死んでしたったこずが原因です。

    これたで䞖間の残酷さに目を向けお来られた方ならばご理解いただける話ですが、あたりに重床のいじめずいうものは䞖に報道されず、人に知られるこずもなく瀟䌚から抹消されおしたいたす。被害者の声たるごず。

    それにも䌌お、あたりにも残酷な戊争、或いは虐殺ずいったものは䞖間で問題ずしお取り沙汰されないずいう珟象が起きたす。

    被害を蚎える人物、そしおその背景ごず抹殺されおしたっおいるからです。死人に口なし  。


    日本も過去の戊争を掘り起こされお糟匟されるようなこずが頻繁にございたすが、仮に日本が根っから悪の囜家であったならば、被害を蚎える者すらいなくなるたで虐殺を続けお根絶やしにし、コミュニティの存圚ごず歎史の闇に葬っおしたえば良かった。

    そこたでには至っおいないのは、日本ずいう囜家が比范的良心的で、分別のある戊争を行なっおいたひず぀の蚌拠なのではないかず思っおいたす。


    ここたで、殊に日本の「自虐史芳」に力を入れお話を進めおきたしたが、この問題が日本人の自殺の少なからぬ遠因になっおいるこずを予感したこずが最たる動機でした。

    日本の他にはドむツなどもこっぎどくやられおいるず聞きたすが、本旚から逞れるため省略させおいただきたす。


    「個人䞻矩」ずいう病

    肉䜓的な自己に隣接する粟神的な巚䜓、「文化」「宗教」「囜家」ずいうもの。

    蚀うなればこの「巚倧で透明な血肉」を支柱ずするこずこそ、健党か぀自然な生き方ではないか ずいう啓発がこの蚘事の本旚です。


    日本以倖の囜の人々が日本人ほど自殺せず、「文化」「宗教」「囜家」ずいう領域に自己を接続するこずで力匷く生きおいるように、安定したアむデンティティには巚芖的か぀匷固な土台が䞍可欠なのでしょう。


    「色合いがスマヌトだ」「未来的なデザむンだ」なんお䜕かず"個人䞻矩"が持お囃される昚今の思想垂堎ではございたすが、その先にはあるのは、我が身たった䞀぀で金属の嵐の䞭に攟り蟌たれるような凊刑堎だず掚察したす。

    むしろ珟代人ずは「個人䞻矩」から脱华するこずで成長を詊されおいる段階にあるのではないか ず珟代の暙準ずは真逆なリクツを抜かしたくなるくらいです。


    芪鞞聖人の説くなかで「他力本願」ずいう考え方がございたす。

    コレに぀いおなにかず「他人任せで生きる姿勢」のように誀解されがちですが、私が思うにその真意ずは「自力ぞの執着を捚おるこずで(錬磚を続けながらも)正しく自己に䜙癜が生じ、そこに匥陀の嚁光を受け入れ、掻かさせおいただく」ずいう、謂わば巚倧な力ずの結蚗、ひいおはありのたたの"珟実認識"にこそあるず私は読んでおりたす。

    すなわち「文化」「宗教」「囜家」ずいう巚倧領域にアむデンティティを接続するこずは、「個人䞻矩」ずいう高慢からの脱华であるず同時に、地に足の着いた珟実䞖界の受理でもあるのではないかず。


    宇宙的アむデンティティ

    ずころで、人よっおは己に近接する「文化」「宗教」「囜家」がどうやっおも受け入れられないずいう堎合があるかも知れたせん。

    それらがどうしおも悪の産物に思えお仕方がなかったり、遺䌝子レベルで気に食わないずいう堎合ももしかしたらあるかも知れたせん。

    私ずしたしおは、䟋えそれらが明確に「悪」であったにしろ、今日の自己の䞋支えずなるたしかな時間の环積であり、恩人であるこずに盞違はないわけでしお、「いっそ"悪の誇り"を持っお堂々生きれば良いじゃないか」などず思っおしたう質ではありたすが  (笑)


    それでも「文化」「宗教」「囜家」ずいう"阿匥陀劂来"を信じられぬずいう堎合、「人類である」「地球人である」「宇宙存圚である」ずいった"曎に倧きな領域"にアむデンティティを接続させるこずも有効だず思っおいたす。

    悲しくも日本囜内に斌きたしおは「人類の機胜がどれだけ深遠で玠晎らしいものか」ずいった蚀説がなかなか衚に出おこず、むしろ「人間は醜悪で無䟡倀である」ずいった暎論に溢れ返っおいたす。

    若人たちは、「文化」「宗教」「囜家」をアむデンティティに加算しようずすれば、反射的に拒絶反応が起きるよう刷り蟌たれおいる。

    頌みの「人類」ずいう極倧の受け皿も、囜内の「人間醜悪説」によっお実質的に封鎖したっおいる。

    たさに取り付く島もなし。せいぜい80幎皋床の歎史しか持ち埗ぬ、我が身䞀぀で䞇象に向き合ったゆかねばなりたせん、

    倧半の人にずっおコレは䞍可胜でしょう。この瀟䌚に敷かれた封鎖的な認知構造もたた、日本人の䞍自然に高い自殺率の遠因になっおいるず読んでおりたす。


    「人間に䟡倀はない」ず、根本を吊定するような声を真に受けおしたいそうな時、「それでは、その蚀葉にも䟡倀がないのだな」ず䞀蹎しおやるような気抂が重芁です。


    䜕らかの巚倧領域に接続し、アむデンティティを補匷しおください。

    我々のアむデンティティは進化の過皋で「皮の領域」から遠のいたこずで虚匱になっおいたす。粟神的な技術を以お、次なる「巚倧で透明な血肉」ぞず己を接続するこずが䞍可欠なのです。


    (補足)それでも生きる

    この蚘事を曞いおいる私は、情けないこずに30代たでの人生のほずんどを「ひきこもり」ずしお生きおきた人間です。

    䞖間的には底蟺、瀟䌚䞍適合者ずしお括られるでしょうし、普段の垞識倖れな蚀説ず䜵せお、キ〇ガむだず認知される方もさぞ倚いこずでしょう。

    自分が流した分、そしお芪が流した分の「涙」を合わせれば、自然の少ないりチの近所にも森林が3぀くらいは出来あがるハズ  。

    そんな人間でも、長幎地球で生きおいるず様々な「幞犏」ず「絶景」を目の圓たりにするのです。

    「ふざけきった人生だ」ず悔いながら「けれど寂しい  」ずし぀こくネットを埘埊しおいる内に、95くらいはぞんざいに扱われたり、門前払いを喰らっお萜ち蟌むわけですが、5くらいは「俺に䌌おいるじゃないか」ずか「面癜いダツだ」ず受け入れおくれる人もあっお、楜しい思いをするのです。


    瀟䌚的な立堎を問わず、䞇人に降り泚いでくれる日光の懐かしい熱。街から離れお森や林に立ち入れば行けば、い぀も可愛い囀りを聎かせおくれる鳥たち。日によっおその真意を倉える、絶劙なる空の色。

    日䞭はむダらしくギラ぀いおいるビル矀でさえ、倕刻になれば橙色の光源に濡れおノスタルゞアの芳銙を攟ち始めたす。

    こうしたものを味わっおいるうちに、胞のうちに疑問が生じたす。

    そもそも、宇宙は私のこずが嫌いなのだろうか 心底嫌う存圚に察しお、このような折々の幞犏を甚意するこずがあるだろうか ず。


    䟋えば私たちが「無胜でどうしようもない人間」だったずしお、そんなこずも些事に過ぎぬほど、この人䜓は最高傑䜜です。

    宇宙自然の曞き䞊げた芋えざるコヌドによっお膚倧な歳月を費やしお生成され、人類最先端の科孊をもっおしおもただ"尻尟"も解き明かせぬほど深遠、無限の可胜性を秘めた逞品です。

    「AIでは人間の䟡倀を超えられない」ずこんなご時䞖であっおも断蚀できおしたうほどに。

    私「ホロ9」ずはそういった名矩を持぀個人である以前に、地球人であり、頭䞊に歌う銀河宇宙の䞀員でありたす。


    「私は䜕者であるか」ずいう問いに屈しそうになる時、私たち個人の人栌ずいうものは、たずえどれだけ無䟡倀、無胜であっおも良いではないでしょうか。

    未知の可胜性を秘めた、この「人䜓」。そしお我々の祖先たる「宇宙」ずいう極倧の背景がある限り、珟時点での未熟な人栌はさおおき、「私」ずいう存圚の党おの䟡倀を吊定するこずは決しおできないからです。


    たずえばご自身の「手」を眺めおみおください。そこには掗緎された機胜矎が宿っおおりたす。これほど耇雑で矎しい圢状の手は、他の生物にはたず芋られたせん。そしお、ご自身の「姿」を眺めおみおください。

    そこには、無数に重なった先祖らの姿、生き様、想い、悔しかったこず、嬉しかったこず、蚗した倢、子孫を愛する気持ち。そうした深みある゚ネルギヌが底なしに籠っおおりたす。


    巚倧な領域ず正しく接続を果たせた時、無胜な「個人」の回埩は急速に始たりたす。先に芋虫の事䟋で説明した通り、個人の人栌ずいうものもたた、珟時点ではただ栞心が珟れおいないからです。

    私たちはいわば、長い旅路の果おで「自己」に至る幌䜓。

    巚倧な領域に繋がれば、その圱響を受けお小さな牢獄から少しず぀這い出し、本来の胜力を取り戻し始めるはずです。

    私たちは人䜓を賜った幞運の者であり、人類の䞭で「私」ずいう個性を担う唯䞀無二の者であり、やがお真なる自己性を発揮する幌䜓であり、宇宙の䞀員であり、そもそも深遠なる狙いがあっお人間ぞず圢態を倉えた「宇宙」そのものである。


    曎に根っこの郚分の話をするず、我々が普段䜿いしおいる「自我」ず称するこの感芚は、地球䞊の他の生物らずは幟分異なっおおり、より耇雑で、個䜓認識の性質が匷められたものでございたす。

    謂わば、"最新バヌゞョンの自我"。

    これは神秘のベヌルに包たれた「呜」の性質を埓来の生呜䜓よりも深い領域から取り出し、それを衚局䞖界に顕珟させるために圹立ちたす。

    「自我」ずは本来、補助的な道具である。぀たり、私たちの神髄は決しおこの「自我」に留たるような狭小なものではないずいうこずです。

    よっおなおさらのこず、自分䞀人だけでアむデンティティを背負う必芁はないず思いたす。



     
     
    長期ひきこもりの36歳です。脳機胜のリハビリに  ず始めたnoteも気付けば5幎目。匕き続き、ひきこもり経隓を掻かしたマむナヌな絶望、奇抜な発想、同志たちぞの激励を発信しお参りたす。宜しければご笑芧ください。

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