
あなたの本当の人生は「一度、燃え尽きてから」始まるのかもしれない
もう二度と、戻れない時期がある。
それは一年に一日の休みもなく、ひたすら走り続けたワーカホリック時代だ。
刺激のあることで日々を埋め尽くし、働いては飲み歩き、ときには朝まで帰らない。
夜の店で泥酔し、へどを吐いて床に倒れ、タクシーに乗せられひどい状態で自宅に送り届けられたこともある。
そのあと、数か月動けなくなって、僕は人生を見つめ直すことになるのだが、あの熱狂的な時代が懐かしいと感じることもある。
ただし、もう再演することはないだろう。なぜならあの全力疾走は、無価値観から逃げるためだったと、心が知ってしまったからだ。
暮らしを立て直し、早寝早起きを習慣づけ、主な仕事は午前中に終わらせる。食事の回数を減らし、血糖値をコントロールしながら、暮らしを整える。そんな生活を始めて数年が経過している。
内観を度々するので、本当にやりたいこととやりたくないことが明確になった。
これまでなら、行きたくない誘いや仕事を断らず、とにかく隙間がないようにしていた。自分と向き合うのが怖かったからだ。
予定を立て続けに入れ、疲労困憊になっている人を見ると過去の自分と重なる。「この人は何から逃げたくて、こんなに多忙な暮らしを送っているのだろう」と感じてしまう。
バーンアウトは怖い。ただし、燃え尽きてから本来の自分がやるべきことを知れる。
それは怖かった人生の課題を直視したから、得られる報酬のようなものかもしれない。
全力で駆けているときは熟考も熟慮もできない。
いつも、あなたが陥るパターンは何だろう。
もし、それが「予定を詰め込みすぎて、慢性的な疲労を抱える」というものなら、あなたは燃え尽きてから、静謐な環境で自己と向き合う時間を設けるだろう。
もちろん、燃え尽きる前に天命を知る人もいる。
多忙な人にとっての強制的なストップは、「この時間に、しっかり自分を向き合いなさい」という天の声かもしれない。
言葉を愛する人が集うメンバーシップ「言葉の庭」には、心優しい人がたくさん。
メンバー間の交流も盛んです🌸