
原田マハで心眼を磨け。ジャガイモのような顔をした天才を見抜くために
間違いなく今年2025年一番、ダントツトップの座をあげたい本を見つけました。
もつさんや
tentenさんも
おすすめしている原田マハの
板上に咲く MUNAKATA Beyond Van Gogh

後から振り返ればいくらでも、版画家の棟方志功は誰もが知っている日本を代表するアーティストとなるとわかっていた、ような口を聞くことができると思いますが、本当のところ、時代は後からようやくついてくる。実は無名だった時代が長く長く、暗いトンネルの暗中模索で、その頃、誰一人として彼の才能の気づいたものはいないと言ってもいいのです。そういうところは伴走していない限り、なかなか知ることもないし、容易には想像できないものなのですね。
そう、棟方志功と伴走した、棟方志功の妻、チヤの立場からの書かれた、思い出語りの本です。もつさんがお書きになっている通り、東北弁がなんとも心地よくこの本の素晴らしい味付けになっていると思います。私はとにかくこう言う真っ直ぐで、謙虚で、正直で、ひたむきで、無骨で、みたいな人が大好き。そして、そう言う人をちゃんと見抜いて、支え、サポートできるような心眼を持つことができるようになりたいものだと日頃から思っております。
思うに、多くの場合、棟方志功のような例で言えば、いい意味で、「真っ直ぐで、謙虚で、正直で、ひたむきで、無骨で」、みたいな人は逆に、見た目が怪しくて、変な格好をしていたり、分厚い牛乳瓶の底のようなメガネをかけていたり、ひどい東北弁訛りがあったり、多分ぱっと見、ドン引きしてしまうような人であるのだと思います。しかも時代先取りの才能は、誰もがその場で拍手をして素晴らしいと受け入れられるようなものではなく、一歩先を行っているせいでむしろ度肝を抜かれるようなこっ酷く難しいものであったりする可能性が高い。そこで、心眼力がないと、真贋が見抜けず(同じ発音ですね)、眉をひそめて逃げたくなる。
若い人は、特に、直感で肌で感じるこの人はいい人だ、この作品はいいものだ、この商品が好きだ、これをもっとやりたいというような自分の意見が、周りの平均的な評価に押しつぶされてしまいがちだと思います。いや、それだけでなく、生涯の伴侶選びにも、両親の意見、友達の意見、いや世間一般の物差し(年収や見た目など)が優先されがち。しかし、本当にいいものや人に出会った時には、自分を信じて諦めないことって大事だと思わずにはいられません。
何をおいてもこの本の素晴らしいところは棟方志功、その人だけでなく、むしろ一生諦めなかったチヤの「真っ直ぐで、謙虚で、正直で、ひたむきで」そして愛らしいところ。もう泣いた泣いた . . . 。
おすすめ度 ☆☆☆☆☆(5/5)
さて、『わだばゴッホになる』という棟方の言葉に導かれるように、私は次の本を手に取ったのです。
たゆたえども沈まず

ああ、原田マハさん、素晴らしい作家さんですね。こう言う本を読んでから美術館に行って絵画を鑑賞するのと、読まないで鑑賞するのではもう雲泥の差が出ると思います。時代背景、ファクトチェック取材力だけでなく、登場人物たちのリアルさの描写が胸に迫ります。全然今まで知らなかったんですが、原田マハさんは美術研究家で、美術をテーマにした著作が多いんですね。それで、ゴッホや棟方志功ということになっているわけか。
日本でも(世界でも)知らない人はいないゴッホ。だから、若く37歳で自殺したフィンセント ファン ゴッホの絵は誰でも一度は目にしたことがあり、どこかであの、目がくるくる回りそうな月夜の絵に狂気を感じてしまうもの。一般人にとって、そういう自殺、狂気という括りをしてしまうと普段はそれ以上踏み込もうとしないものです。
本の中で最初に出てくるゴッホの初期の作品、『ジャガイモを食べる人々』

それまで、フランスの芸術アカデミーの規範に影響された絵画・画家たちの絵しか絵画として認められていなかった世界で

by Alexandre Cabanel (1823-1889)
描かれているのは、美しいヴィーナスではなく、土の匂いが染み付いた『ジャガイモのような顔』をした人々なのです。けれど、これこそが真実なのだと思わずにはいられない、グッとくる絵なのです。 私自身、鏡の中の自分を見て「あぁ、今日もジャガイモそっくりだ」と嘆き、夫に「そんなことないよ」と無理やり言わせて安心する茶番を繰り返しているけれど。上辺のすべすべした美しさ(ケーキ)に飽きたとき、私たちの魂が本当に欲するのは、こうした無骨で、噛み応えのある「本物の人間(主食)」の姿なのでしょう。
もう天文学的な値段がつく画家の辺縁が垣間見えるわけですが、フィンセント ファン ゴッホが生存中にはたったの1枚しか絵が売れなかったという . . . なんという悲劇なんでしょうか。
フィンセント ファン ゴッホの弟、テオは
こんな暗い絵は誰も欲しがらない
人々は孤独を感じさせる絵よりも、幸福感のある絵を欲しがるものだ
と嘆いています。
それは、そうだ。私だって、幸せを感じさせてくれる絵を壁にかけて飾りたいと思うし、スコットランドの灰色の空の下、せめて初夏の暖かい日差しのような暖かいパレットを持つ画家の絵を手元に置いておきたい。華やかで、明るくて、一緒に暮らしていきたいと思える絵。
先ほど載せたリンク先にはフィンセントの時系列の絵がほぼ全て1000点近く掲載されているのですが、確かにこの画家のパレットは、暗く



写真で言えばSaturation = 色の三属性(色相、明度、彩度)が振り切られて暗いのです。
ふわふわと淡いものだけでなく、こういうFully saturatedな写真や絵は深みを感じさせてくれるものですね。
食べ物で例えてしまうのはどうかと思いますが、甘くふわふわとした美しいデザートだけ食べていたのでは、生きていけない。やはり食べ応えのある、歯応えのある、消化が遅く、いつまでもお腹の底に溜まって栄養をくれるような本物の食べ物が人が生きていくには必要なのと同じで、人生、理想や美しいものだけに囲まれて一生を過ごすことは不可能。
ふわふわのケーキだけでは生きていけないだけでなく、3日もすれば飽きてしまうのと同じ。
つまりフィンセント ファン ゴッホの絵は絵空事ではなく、脳への栄養であるといっても過言ではないのでは。
パッとみただけで天上の喜びをもたらしてくれるようなものよりも、噛み締めて噛み締めて、繰り返し繰り返し眺めたくなり、疑問を投げかけたくなり、その中の孤独や苦しみや悲しみなど避けては通れない現実世界にあるものを感じることにより始めてわかる世界のバランス。そういうものなのかな。ふわふわのケーキじゃ生きていけない。私がゴッホの「暗闇」に栄養を感じる理由です。
傑作が多く生まれたという彼の最後の4年間のうち、アルルに滞在していた1888年頃はそれまでのその暗さが緩和され、ざっくりこうやって眺めるだけでも南フランスのアルルの黄金の陽の光が想像できるようです。

これは共同生活を送った画家のゴーギャンの影響もあるらしいですね。弟のテオが兄フィンセントに望んでいた、光を感じさせる幸福感のある絵を書いてほしい、という思い。それはつまり兄フィンセント自身に幸せな日々を送って欲しいという思いでもあったのだと思います。
医療の世界にいると、例えば50年寄り添った老夫婦の一人が急激な病の悪化により先に旅立ったような状況で、残されたもう一人が半年というような短い期間にやはり何かしらの病でやはり逝ってしまうというドラマに出会うことが時々あります。これはBroken heart (=失恋) syndromeとも言われております。弟のテオは、フィンセントの最後、そしてそれから1年もしないうちに、兄の後を追うように33歳で死去したという事実を全く知らなかったので、なんと美しく悲しいことかと驚きました。
ゴッホの絵がひまわりから糸杉=サイプレスに焦点が変わったことについて、いろいろ言われているそうですが、

私にとってはサイプレスって、ローマとかギリシャとか、南ヨーロッパ、地中海気候の景色そのものというのか、サイプレスと言えば自然に暖かい気候の記憶と結びついています。
ゴッホは、糸杉の形を「オベリスク」に見立てていたといいます。 オベリスクとは、古代エジプトにおいて建設されたモニュメントです。 また、糸杉には「死」や「絶望」といった意味があり、墓地に多く植えられている樹木でもあります。
確かに、モニュメントの写真をこうやって見返してみると、サイプレスのように真っ直ぐに突き立っていますね。

個人的な想像ですが、フィンセント ファン ゴッホはひまわりとかサイプレスとか、強く太く真っ直ぐ逞しい姿を好んでいる気がします。それは一緒に暮らしていなくてもずっとブレずに支えてくれているテオの存在そのもの。真っ直ぐで、文字通り、「心の支え」であるもの。

現実離れした空想のような空の色の中、しっかりとそそり立つこの木は、まさに最高傑作と言われる彼の絵の構図を支え、現実味を添えているような存在感だと思うのです。ほんと、いいですよね。
もう一点、特筆すべき、日本人の林忠正という人物について。全く知りませんでしたが、有名なお人らしい。すごい日本人がいたものです。そして世界の美術に影響を与えた日本美術もやはりすごい。


酒飲みでいつも酔っ払っていて栄養失調で、気が狂っているようなゴッホ。払えない絵の具代の代わりにと、肖像画を描いてもらって優しく微笑むタンギー爺さん。
私はこういうタンギー爺さんのような人になりたい。……それは、誰の目にも止まらない原石を見抜いたチヤやテオのように、心眼を磨くということなのかもしれません。
こちらも、新社会人だけでなく全ての人に、おすすめ度 ☆☆☆☆☆(5/5)