
「見て」が多すぎてもう見れない|子育てエッセイ
今日も我が家に響きわたる。
日が昇り、また日が沈むまで。
それは、私たち夫婦を捕えて離さない。
ぱぱー!ままー!見てーーー!
何度言えば気が済むのだろう。
何度見れば、この無限ループから解放されるのか。
その答えは未だに分からない。
「ちょっと待って。これが終わったら見るから!」
少しでいい。
この皿を洗い終えるまで、たった少しの時間でいいのに…。
残酷にも、それは休むことなく押し寄せる。
はやく見て!いくよ!見てーーー!
ちょっと待ってって、いま言ったよね。
頷いてたよね。
なんなら「わかった!」ってはっきり言ってたよね。
すごい!いまの見た?見て!もっかいいくよー!
……。
分かる気、ないよね?

一瞬の隙を見て、手元の洗い物に目を落とす。
ぜんっぜん見てない!!ちゃんと見て!いくよー見てーー!
レフェリー並みの観察眼。
これでもダメなのか?
お皿についた油汚れをスポンジで一瞬拭き取る、この1秒足らずでも…。
もう無理だ。諦めよう。
全てをなげうって、息子が飛ばす紙ヒコーキを横で眺める。
びっくりするほど飛ばなかった。
悔しそうな息子。

「下に向かって飛んじゃったね。もう一回やってみる?」
もぅーーー!なんで見てないんよーー!!!
いやいやいや!見てたじゃん!
ぱぱが見てるのを君がいま見てたよね?
これが「見てない」というなら、何が「見てる」というのか?
心の眼で見てってこと?そんな深い話?
「何で飛ばないんよーー!」の言い間違い?
もう分からない。
ちゃんと見れる自信を失った。
心を無にして、ただ見ていた。
その後何回目かで、ようやく飛んだ紙ヒコーキ。
窓から見える夏の青空と重なった。
「なんかちょっと良い。」
心のなかでほっこりつぶやいた。
そろそろ皿洗いに戻ろう。
ぱぱーー!つぎはもっとすごいよ!見てーーーー!!
我が家の家事はいつも進まない。