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そんなことどうでもよくて

    カフェの喫煙席でコーヒーを飲んでいる。
    まさにこれを書いてる今よ。

    ここのカフェは席で煙草が吸える数少ないオアシスでさ。
    区分けされた喫煙席に入ってすぐのところに、iQOSとかの試供品が置いてあるんよ。

    ケースの中に並んでいて、トレイを引っ張ると一本ずつ取り出せる仕組みのアレね。

    俺は紙煙草至上主義の過激派やから縁のない話やねんけど、新商品の宣伝とかやと思う。

    ふと見ると大学生くらいの男の子が3人、そのケースをずーーーーっと触ってる。

    興味あるんかな〜と煙草に火をつけてぼけーっと見てたらどうも違うみたい。

    一個取る。
    もう一個取る。
    さらに取る。

    あるだけ全部持って帰るつもりらしい。

    なんやろね。

    怒りとは少し違って、呆れとも違う。

    排水溝に溜まった髪の毛を見た時みたいな?
    通行人が吐き捨てたブツを見た時みたいな?
    あ、汚い話でほんまごめんね。
    とにかく、あんまり直視したくないものを眼前でど迫力な4DXで見た感覚。

    試供品なんやから別に一個もらう分には何も思わへんけど、全部持って帰ろうとするその姿よ。
    タールみたいな粘ついた欲が蠢いてるのを見てたらさ、急にいろんな張り紙が頭に浮かんだのよ。

    “お一人様一点まで”

    “大量のお持ち帰りはご遠慮ください”

    “ご利用の皆様のためにマナーを守りましょう”

    誰かがちょっと欲張った結果、次からはみんなが一律に不便になるんやろ?

    ああ、なるほど。
    こうやってルールは増えていくんやね。

    なんかちょっと窮屈やなぁと思ってた注意書きにも、ちゃんと生まれた理由があるんやな。

    そんなことを考えながら煙草咥えてぼけーっと眺めてた。

    いや、正確には途中から考えてなかった。
    考えられなかった、に近しい。
    今これを書いてる最中も意識が朦朧としてる。

    実はさ、張り紙が頭に浮かんだ辺りで、めーーーちゃくちゃ美人のお姉さんが俺の隣に座らはってん。

    人類の歴史が積み重ねてきたルールについて考えてたはずやのに、
    気が付けば背筋を正して、火をつけたばかりの煙草を灰皿に押し潰し、服の皺とか気にしたりして。
    トドメに自分が思う1番マトモな表情を作ってる自分がいた。

    多分俺も大学生にどうこう言えるほど立派な生き物じゃない。

    それに試供品がどうのとか、ちょっと今それどころじゃないねんごめん。
    お姉さんのことで頭いっぱいやねん。

    ほんで、なにこの人。
    とんでもなくいい匂いするやん。
    なんなん?
    柔軟剤で体洗ってる?

    え、どうしよ。
    なんか緊張してきた。

    とりあえず一旦落ち着こ。

    でもさ、さっきもちょろっと書いたけど、ルールって人間が立派やから生まれたんじゃなくて、人間がしょうもなくて愚かしいから生まれたんやろ?

    “試供品を全部持って帰る人がいるから”

    “美人のお姉さんが隣に座っただけで急に背筋を伸ばすから”

    多分世の中は、そういう人間の欲の塊で積み重なって出来てると思うのね。

    てことは既存のルールは人間の欲の上に成り立ってるのか。

    なるほど…。
    でもそんなことより、
    “隣に美人のお姉さんが座っても姿勢を正してはいけない“とかルールが出来たらどうしよ。
    “自分の中での1番のキメ顔を作ってはいけない”とかルールで決められたら俺もうどうしようもないやん。
    無理やんそんなん。

    世界が俺を殺しにかかってる。

    …こうやって憎しみは生まれるのか。

    いや、違う。

    きっと世間一般で見れば、原因は俺にある。
    ああ。
    だからルールは増えるのか。
    俺みたいな奴がいるばっかりに。

    ごめん世界。

    でも今だけは隣に美人なお姉さんがいるこの幸せを噛み締めさせてくれ。

    ありがとう世界。

    結婚してくれないかお姉さん。

     
     

    雲呑

     
     
    ひっそり書き出す訛りの効いた一人言

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