メインコンテンツへスキップ
見出し画像

ほころびタンシチュー、毎週ショートショートnote、440字


    九尾の狐は、美しい女に化けて、夜の街を歩くのが好きだった。今夜も小さな洋食屋で、牛タンシチューを一つ包んでもらった。

    家について、シチューを温め直すと、タンの表面に小さな裂け目ができて、そこから湯気がたちのぼった。

    広い牧場でキョロキョロと周りを見回している映像。

    狐は、ふいに思い出す。狐の里では、狐火を灯して、ひとの記憶を集めて焼いていた。日々のなかで静かに消えていく小さな記憶だけを、狐たちはそっと食べていた。大切なことだけが、ひとの心に残るようにと。

    このシチューのなかに、ほころびが生まれて、牛の記憶があふれだしたのも、あの妖狐たちの仕業かもしれない。狐はそう思って、里へ向かった。

    「私は生きているものの記憶しか集めないのだよ」と妖狐は笑った。
    「もし舌に記憶が残っていたのなら、それはきっと、言いたくて仕方がなかったのに言えなかったことだろう」

    九尾の狐が鍋を出すと、タンのほころびからありがとうという言葉が漏れて出た。それが、誰の何に対するお礼なのか、狐たちにはわからなかった。

     
     
    ・ソニー・ミュージックエンタテインメントのドラマ原案コンテストにてグランプリ受賞。ドラマ化。 ・第20回Yomeba!で優秀作 ・エブリスタ超・妄想コンテスト年間選出数11位(2021年) ・島根県文芸公募 金賞 その他はプロフィールページで

    あなたへのおすすめ