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劇場版モノノ怪を見て気持ちが悪くなった話

    ネタばれ全開。
    『劇場版モノノ怪 第三章 蛇神』のネタバレと一部モブサイコのネタバレを含みます。
    後半の文章はぐだぐだになります。

    【はじまり】

    5月29日、『劇場版モノノ怪 第三章 蛇神』が公開された。
    初日に見てきたわたしは家路に着き、じわじわと遅効性の毒に侵されたような気持ち悪さを感じていた。

    原因は、櫻井孝宏さんが薬売りとしてサプライズ登場したことだ。

    あらかじめいうと映画はきれいに終わった。
    たった一度の印象だが、お話としてはきれいに終わったなと感じていた。
    それに反して、わたしの感情はこうだった。

    めっちゃグロい。こんな感情になることあるんだ。

    何故、この作品にグロテスクさを感じたのか?
    それは『第三章 蛇神』の話と、4年前に彼のやらかしたことが微妙にかすったことに起因する。

    ■櫻井孝宏の不祥事

    2022年、櫻井孝宏さん(当時40代後半)の不倫が発覚した。
    詳しくいうと、彼は“既婚であることを知らせずに”約10年間、某女性と交際をしていた。
    つまり約10年間、某女性は彼とまっとうな交際をしていると思わされていた。
    当然、騒ぎになり、劇場版モノノ怪の制作陣は薬売りの担当声優から櫻井孝宏を降ろす。
    劇場版薬売りは神谷浩史に引き継がれた。

    妥当だというひともいれば、薬売りというキャラクターを変えるのかという反発もあった。

    わたしは、不祥事の内容がかなりのえぐさだったので、普通にドン引きしたし降板はまあ妥当だと思った。
    でも、彼が降板しなかった作品になにか思うこともほぼなかった。
    呪術の夏油も鬼滅の富岡も、普通に聞いたし見た。
    気持ちもべつに悪くならなかった。

    じゃあなぜ、今回のサプライズ登場に気持ちが悪くなったのか。
    それは第三章のモノノ怪、蛇神の正体にある。

    ■蛇神の正体とグロテスクさの正体

    大奥に現れるモノノ怪(怪異)を薬売りというキャラクターが退治する。
    これが劇場版モノノ怪のおおまかな流れだ。
    第三章では蛇神がモノノ怪として出てくる。
    そこに至るまでは割愛して、蛇神の正体から説明する。

    蛇神の正体は、何代か前の天子様(夫)と1対1の夫婦でいたかった御台所様(正妻)だ。
    彼女は後継問題のため、愛する夫のもとに側室をおくることを強いられる。
    嫉妬に苦しむ彼女だがそのうち夫が逝去する。
    何人もの側室をいれたにも関わらず、後継は生まれなかった。

    憔悴する御台所様に、周囲は無情に天子様の血が途切れたことを隠ぺいするため、血のつながりのない男児を天子様の子として育てるという。
    そこで彼女は狂う。
    彼女は思う、ただの夫婦でいたかったのに、側室(別の女)をいれたのに、何もならなかった。
    その怨念が蛇神の正体だ。

    愛した男と1対1の夫婦でいたかった女の恨み。

    これを踏まえて、今から終盤の展開を見たわたしが思ったことを伝えるので考えてみてほしい。

    終盤、蛇神と対決する薬売り(神谷浩史)だが苦戦し、仲間を召喚する。
    それが、櫻井孝宏さん演じるテレビ版の薬売りだった。
    登場した瞬間、脳にこのワードが浮かんだ。

    ブラックジョークかな?

    先ほど説明したとおり、蛇神の正体は、天子様と1対1の夫婦になりたかった御台所様だ。
    櫻井孝宏は4年前、独身のていで某女性たちと付き合い、伴侶を裏切った。

    愛する男と夫婦でいたかった女性(モノノ怪 蛇神)を、伴侶と某女性たちを騙した男(櫻井孝宏)が退治する構図になっている。

    めっっっちゃグロい。グロテスク!!
    これが、わたしがこの作品をグロテスクに感じた正体だった。

    ■内的葛藤勝手にしはじめ…

    家に帰ったわたしは、勝手に葛藤をしはじめた。
    わたし対わたしで戦ったり、気持ち悪さの理由を言語化しようとしたり。
    以下はその内的葛藤の一部のため、文章が雑になっている。ご容赦ください。

    役と演者は分けろよ。という言葉がある。
    作品と作者は分けろよ。
    フィクションと現実を分けろよ。
    最もだ。
    なんなら、言ったことある。

    でも、人間は時と場合とグラデーションで生きている。
    例えば、DVしていたと発覚した俳優がいたとして、その後のドラマでDV被害者を救う側の役にその俳優が抜擢されたら?
    わたしは、お前がその役を演じるんかーい、と思うタイプだ。

    DVは暴力だけど、櫻井孝宏さんがしたことは暴力ではない。
    彼は誰も殴ってない。

    確かにそうだ。
    でも、約10年、独身のていで騙されて、本当は既婚者であなたとは不倫関係でしたって交際相手に言われることは暴力ではないのか。
    既婚者なのに複数女性と不倫していたのは、伴侶に対する暴力ではないのか。
    殴るだけがDVじゃないように、物理的に傷つけるだけが暴力じゃない。

    呪術の夏油や鬼滅の富岡には何も思わなかったじゃないか。

    今回の話がもっと別のあらすじだったら問題なかった。
    でも、櫻井孝宏さんがしたことと重なるテーマが選ばれている以上、ちらつくんだって、その過去が。
    荼毘も言ってたろ、過去は消えないって。
    グロすぎる!!ノイズすぎる!

    しっちゃかめっちゃかである。

    【最後に】

    どうしてほしかったか。

    モノノ怪の制作陣には、その役を誰が演じるかにどういう意味があるのか、を考えてほしかった。
    櫻井孝宏さんをこのシナリオで出す意味を考えてほしかった。
    それでしかない。

    いやなら見るな、もできなかった。
    制作陣は完全にサプライズとして組み込んでいたし、
    わたしは楽しみにしすぎて情報をシャットダウンしていた。

    数日経っているのに、モノノ怪のことを考えると感情がぐちゃぐちゃになってしまう。
    わたしってモノノ怪にめっちゃ心持ってかれていたんだな。
    いつの間にか、この作品はわたしにとって消費する娯楽じゃなくて、大事ななにかになっていた。
    一娯楽として消費できないなにか、に勝手にしていた。
    そうじゃなきゃ、この気持ち悪さを感じることはなかっただろう。

    劇場版モノノ怪は、システムに搾取されるひとたちの話だった。
    そこに馴染み、システムの歯車となれば生きられる。
    でも、我を持ち、システムに抗おうとするひとは生きられない。
    大奥の女の息苦しさを描いているけど、一概に男が原因じゃないところも好きなのだ。
    男女対立じゃなく、権威争いは女の中にも起きるし、公を優先すると私が犠牲になるって話。

    結末も好きだ。
    我を捨てなかった御台所様(蛇神とは別人)が、我を捨てなかったがためにお水様に取り込まれず、結果赤子の言葉を聞き母になる選択をした。

    一度しか見ていないので解釈を間違えているかもしれないが、良い作品だった。

    グロすぎて考えると気持ちが悪くなってくるから、多分もうしばらくは見ないけど。
    50年後に、おそらくそれくらい経てばほとぼりも冷めて普通に観賞できるようになっていると信じたい。

    とはいえ、モブサイコを見返す度、最終話で霊幻が二面性を語るシーンで、お前が二面性を語るんかーい、となるタイプのわたしなので期待はできない。

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