
【硝子の味方】Fragment #06 ―支配者の盤面、酸素のない密室。―
この街で最も高い場所にある、酸素の薄い密室。 足元から天井まで広がる巨大な硝子壁の向こう側で、東京の夜景がひれ伏すように瞬(またた)いている。眼下に広がる光の粒子は、私に動かされるのを待つ巨大な盤面に過ぎない。
人間は、二つの種類に分けられる。 駒を動かす者と、動かされる者だ。
一ノ瀬 栞は、かつては実に優秀な「部品」だった。だが、彼女は決定的な過ちを犯した。「理想」などという、組織という精密機械には不要な重りを抱え込み、あまつさえそれを正義だと錯覚した。 門脇も同様だ。使い勝手の良い道具だったが、「良心」という不純物が混じれば、それはただの錆(さ)び付いた鉄クズに成り下がる。
感情は、組織という巨大な有機体にとっての致命的なバグだ。 私はそれらを「効率」という名のナイフで、ただ淡々と、最も美しいタイミングで切除したに過ぎない。排除された者が、泥の中でどう喚(わめ)こうが知ったことではない。
万年筆一本で何かが変わると信じているのなら、それもまた一興(いっきょう)だ。 一振りのペンが、私が築き上げたこの強固な城壁を穿(うが)てるとでも思っているのだろうか。私はこの高層ビルの最上階から、彼女たちが無意味に足掻(あが)き、絶望し、そして静かに消えていく様を、ただ愉(たの)しく見届けるだけだ。
バカラのグラスに注がれた深紅の液体を、静かに揺らす。 今夜のワインは、少しばかり、残酷な味がする。
私は、自ら築き上げたこの天空の檻(おり)――感情というノイズの一切届かない完璧なシステムの中で、今日も独り、世界を支配している。
今夜のBGM。 感情という名のノイズが一切届かない、最上階の真空地帯。 冷酷なまでに完璧な美しさが支配する、血の通わない静寂の旋律。
Air on the G String(G線上のアリア) / Bach
一切の言葉を排除した、冷たく澄み渡った無機質な静寂を
この物語が、あなたの夜に一滴の蒼を添えられたでしょうか。もし、心のどこかが微かに震えたなら、その共鳴を『スキ』という形で預けていただけたら嬉しいです。それは、私たちが繋がっている唯一の証になるから。
硝子の味方:目録(Digital Archive Index)
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