
産まない時代の核心──制度と非存在の思考入門
① 導入:違和感の物語
人はなぜ、これほどまでに「産むこと」を当然視するのだろうか。 社会のあらゆる領域で、出生は善として語られ、疑問を差し挟む余地すら許されない。だが、現実の社会構造を見渡すと、その前提はすでに崩れつつある。貧困、格差、孤立、暴力──これらは個々の努力では回避できないほど深く制度に組み込まれており、未来に生まれる者がそれらから自由でいられる保証はどこにもない。
それにもかかわらず、公共の言説は「産むこと」を推奨し続ける。 まるで、個人の幸福や生活条件よりも、社会の維持そのものが優先されるかのように。そこには、倫理的な検討よりも、制度の都合が透けて見える。私はこの点に、長いあいだ説明のつかない違和感を抱いてきた。
「産むことは善である」という前提が、いつ、誰によって、どのように形成されたのか。 そして、その前提が現在の社会状況とどれほど乖離しているのか。 この乖離こそが、私が本シリーズを書く出発点となっている。
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