
朝井リョウさんのエッセイを読んだことがない
私の本棚にあるエッセイと言えば、星野源さんの「そして生活はつづく」、そして岸本佐知子さんの「ねにもつタイプ」。
星野源さんは「SUN」や「恋」辺りの曲が好きだったけれど、何かのきっかけでエッセイが面白いと聞いて買って、サクッと読んだ。
音楽の才能はすばらしい方だと思うけれど、読んでみると社会人としてはなかなか大変そうな感じがあって、そのギャップに笑った。
岸本佐知子さんの本も、きっかけは忘れたけれど面白いと聞いて買い求め、数記事を読んだ。
どんなお方かは全く知らないけれど、岸本さんのエッセイは、岸本さんの独自の世界を、岸本さん独自の表現で描いていた。
そして私は、そこで読むのをやめた。
つまらなかったわけではない。
むしろ、見たことのないエッセイで、ぐいぐい引き込まれたし、岸本さんがどう「ねにもつ」のか、今でも知りたい。
あ、イコマさん、飛蚊症だもんね。なら仕方ないね。
そうそう、あれ、けっこう気が散ってしょうがないんだよね。
今回はそれではない。いや、それはそれであるんだけど。
私は、うっかり岸本さんの文章に憧れてしまいそうな気がしたのだ。
岸本さんのエッセイは個性が爆発していた。私はそこに惹かれた。
でも、私は岸本さんではない。
それなのに、うっかり憧れて、岸本さんみたいな文章を書こうとしてしまいそうな気がした。
私が岸本さんみたいな文章を書けたら、人々の心を今より掴めるのかもしれない。けれど、それは岸本さんの二番煎じでしかない。読んだ人たちが岸本さんを知らず、それを「私っぽい」と思うかもしれない。
だとしても。
私は知っている。それが岸本さんに大きく影響を受けた文章だということを。
それは、きっと私の文章ではない。
そんな文章を読まれて、私は喜べるわけがない。
大きな声では言えないが、朝井リョウさんのエッセイも、私は読んだことがない。
外で読んではいけないと言われているほど面白いという評判の「ゆとり三部作」。いつも本屋に行っては手に取る。そして戻す。
朝井リョウさんと言えば、直木賞作家であり、今年は本屋大賞も受賞した、誰もが憧れる小説家だ。
そのエッセイが面白くないわけがない。分かっている。
読みたい。
外で読んで、ニヤニヤを噛み殺したつもりで噛み殺せず、不審者のように顔を歪めたい。
でも、私はいつもそれを棚にそっと戻し、本屋を後にする。
どうしても影響を受けてしまう自分が浮かぶからだ。
先日。
普段はあまり開かないインスタグラムを開いた。
そして、どうやって辿り着いたのかは忘れてしまったが、私は朝井リョウさんの投稿を見ていた。
4月9日のお気に入りのスラックスについての投稿だった。
それを読んで。
私は、あぁ、と思った。
今まで、ふと目にしてきたおすすめnote。
そこで私が面白いと思ったものは、かなりの確率で朝井リョウさんの空気をまといたがっていた文章なのかもしれないな。
私は、憧れること、影響を受けることは悪いことではないと思っている。
「学ぶ」は「真似ぶ」からきている。
赤ちゃんは、親の言葉や動きを真似することから始める。
でも、誰一人として親とまったく同じ人間にはならない。
真似は入口であって、到着点ではない。
憧れて真似するうちに、今までの自分の癖が混ざる。
ここまで生き抜いてきた言葉が混ざる。
見てきた景色、聴いてきた音色、触れてきた感触、そんなスパイスが混ざる。苦い失敗も、甘い成功も、一緒に摺り下ろし、捏ねまくり、全てが私の色となり、形となる。
そして気がつけば、最初のレシピとは別のものが出来上がっている。
私にはなぜか、その発想が抜けていたのだ。
岸本さんのエッセイを読んだとき。
私は、引きずられて引きずられて、取り込まれそうになるほど輝いて見えた。
それが天下の朝井さんのエッセイともなれば…
私はきっと、ブラックホールに吸い込まれるように、二度と朝井リョウワールドから出てこれないような気がしていた。
私は、憧れを恐れ過ぎていたのかもしれない。
でも、今までの人生で。
私は、目にしてきた教科書や小説、雑誌やネット記事から、知らず知らずのうちに、すでに何かを受け取ってきたはずだ。
そこに憧れはなくても、心地いいリズム、気持ちのいい言葉の羅列、そんなものを無意識にストックしてきたのではないだろうか。
そう考えると、朝井リョウさんのエッセイだけを特別扱いして遠ざけ続ける理由なんて、もうない気がしてきた。
良いものは吸収していい。
ただ、それをそのまま出すのではなく、自分の人生と一緒にコネコネしてしまえばいい。
そう思うと、未だに「ゆとり三部作」を読んだことのない自分が、なんだか恥ずかしくなった。
読んでみたい。
Amazonアプリを開く。
「いや、ちょっと待て!」
心の中のMがこちらを睨みつけ、ポチッとしたがる指を止めてくる。
「お前、本屋がなくなっちまってもいいかよ?」
「いや、それは…」
本屋が軒並み閉店していく今。
私はやっぱり本屋で本を買いたい。
本屋で買って、カバーをつけてもらって、大切に読んでいきたい。
「なら、買いに行けよ!」
心の中のMはニヤリとこちらを見て、右の口角だけを上げて笑う。
「明日買いに行くか…
でも、M、怒らないでくれよ?
本屋ってさ、けっこう買いたい本が売ってないんだ」