
コウケンテツさんのミードボール動画でゴール設定の大切さを学んだ話
明日何食べたい?
気まぐれから5歳娘に訊いてみたら、間髪入れずに「ミートボール!」と返ってきました。さすが無類の肉好き。けれど、私の日々のレパートリーにミートボールはありません。そのチョイスはどこから来たのでしょう?
早速ミートボールをWEB検索。
普段は料理を作る段になって検索します(しないことの方が多いけれど)。持ち合わせの食材からレシピのアテを探したり、味付けの配分を参考にしたり。段取りを追う気はあまりないので動画はほとんど見ません。欲しいのはどちらかというと文字情報。概要だけ目にしたらスマホ置くのが普段の行動です。料理中にスクロールするのは面倒くさいし。
けれどこの日の私は違いました。
だって作るのは翌日の話。PCで検索すると動画が沢山ヒットします。そりゃそうだ、現在はやっぱり動画優位の社会です。
そして「ミートボール」の文字検索からコウケンテツさんの動画にたどり着きました。
私のミートボール前夜のことでした。
あぁ、なんといい動画でしょう!
ゆるく流れる空気感。難しい工程なしのレシピ。私にもできそう。そして美味しそう。
ミートボール前夜ということで、メモをとりながら動画に向き合います。
まずは分量。そして気になったこと。それから参考にしようと思ったこと。
ここで学び1つ目。
動画ってメモをとりながら見ると、「自分のモノになった感覚」が爆上がりして満足度があがります。目的意識の威力ってすごいです。
さらに気づいたこと。
私が目指しているのはこういうのではなくて。

目指しているのは、プロ顔負けの「Top of The ミートボール」をつくることではありません。
目指してるのはこんな感じ。

こういう光景。リクエストしてきた娘の最高の笑顔。夕食時に家族でおいしいミートボールを頬張ること。

料理の工程が楽しいようなら、いっそう嬉しいですね。
ミートボールがゴールのようで、ミートボールは手段でしかないってことです。
コウケンテツさんの動画が、私のゴールに近いと思わせてくれた
これが今回の学びです。
ミートボールのレシピ動画でありながら、私の願望を叶えてくれているところに心を動かされました。
あ、これなら私にも無理なくできそう。
つくるの楽しそう。
美味しそう。
いびつでも味になりそう。
家族も喜んでくれそう。
レシピの内容はもちろん、一連の所作や動画の構成にいたるまで「プロがつくるThe ミートボール」ではなくて、「私がつくるミートボール」がスッと想像できる作りになっている!!
ミートボール前夜から幸せになりました。
ゴールはミートボールじゃなくて「幸せ」なんです。
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家庭のこととは別件で、ちょうど似たような視点から痛い思いをしていました。
ゴールを明確にしないままオーダーした結果、クオリティーは高いけど意図するものとは全く別のモノが納品された
という案件。
いや、ゴールは明確だったんですよ、「ミードボールつくって!」という案件だと思っていてそういうオーダーをしてしまいました。でも、実際にはミートボールをつくることを通じて「いびつな手作りミートボールを楽しく作って食卓に並べて、それを頬張る家族の団欒」を伝えたかった、「幸せ」がゴールだった……ということに、後出しで気づいたってわけです。納品されたモノを眺めて違和感を感じはじめて気づくという完全に私のオーダーミス。そしてそれがハイクオリティーなぶん、罪悪感もひとしおで……。目指していることくらい言わなくてもわかるでしょ?と当然のごとく思い込んでいたのも私の落ち度でした。

「プロのお手本ミートボール作り動画」と「おうちで楽しく作りたいミートボール動画」は似ているようで別物です。そして作り手のセンスがよかったり技術が高かったりすると、逆にこの視点が欠落するリスクがあるような気がします。容易にプロっぽいミートボールが作れてしまうので。けれどプロ向けの教則動画ではない限り「プロっぽさ」がマイナスになることもあるのですよね。
ゴールを明確にして、そして共有して作業に取り組むことは大事だなぁと学んだ出来事でした。ゴールは「こんなものをつくる」ではなくて「こういう風になりたい(なってほしい)」という読後感のようなもの。根っこにある思いとか目指している方向とか。こういうゴールを目指しているから、こういうテイストでこんな構成で進めましょう、という筋のようなもの。これを共有して制作物に落とし込むことって簡単そうでとても難しいですね。
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それにしてもこのコウケンテツさんの動画が素晴らしすぎて困ります。
ゴールが「幸せ」だとわかっているから、ついついリピート。
今夜はつくね前夜。ひき肉isリーズナブル!にまんまとハマってしまいました。