
父と、ラジオと魚を捌いた日々
調理師学校を出て、フランス料理の店に就職しました。
当時は、早朝から最終まで働くのが当たり前でした。休憩なんて、ありませんでした。
シェフはめちゃくちゃ怖い人でした。
しんどくて、辛くて、僕は逃げました。
とびました。
自信をすっかり失って、他の道に進む勇気も出ませんでした。
行き先は、親が経営してる魚屋でした。
時給500円で働かせてもらいました。
当時の僕は正直ひどいものでした。
朝起きられない。
父の言うことには、いちいち反抗する。
タバコを吸いながら働く。
今だったら、間違いなく炎上するようなクソガキでした。
それでも父は見捨てませんでした。
馬鹿な僕にちゃんと向き合ってくれました。
時には厳しく時には優しく。
いじめのように、毎日小鯵を5箱分、下処理させられました。今思えばあれが社会の厳しさを教えてくれた最初のレッスンでした。
休みの日には市場に連れて行ってもらいました。
「最近頑張ってるから」と、練習用の鱸を買ってもらいました。
休日なのに捌き方を一から教えてもらいました。
その時いつも流れてたのがラジオでした。
親父が好きな、AMラジオです。
板東英二さんの声。
こんにちは、こんちゃんの2時ですよ。
浜村淳さんの語り。
魚を捌く手元と、ラジオから流れる声。
その両方を浴びながら過ごす時間が、僕は大好きでした。
教えてくれる父の、男としての大きさ。
不器用な優しさ。それをラジオの音と一緒に、体で感じてました。
それからも、休みのたびに教わりました。
河豚、あんこう、縞鯵、虎魚。
レストランでは、なかなか触れられない魚たちです。
その度に、いつも同じラジオが流れてました。
あの授業を、もう一度受けたいです。
でも父はもういません。
でもラジオを聞きながら、ヒーローと過ごした時間。あの記憶は今も僕の中に、しっかり生きてます。