
『人権としてのインクルーシブ教育』の保護者さんからの感想
2026年9月に拙著『人権としてのインクルーシブ教育』を海風社より刊行いたしました。本書を読まれた方からご感想をメールやSNSを通して頂きました。今回は、自身のお子さんに関わって地域の学校でのインクルーシブ教育を求めてきた保護者さんからいただいた感想を紹介させてもらいます。

「ともに学び ともに育つ」教育をひろげるために』(海風社)
読了しました。
全ページに線を引き、書き込みをしながら読ませていただきました。😊
これからも何度も読ませていただきたいです。
特に心に残ったのは、p.91で紹介されている、ロンドン・ニューアム区のインクルーシブ教育憲章の言葉です。
「今日の子どもたちは、明日の建築家、計画者、政治家であり、彼ら自身のインクルージョンの経験は、将来、非隔離的な環境を作るのに役立つ」
子どもたちが一緒に学び、育ち合う経験は、今だけでなく、これからの社会をつくっていくことにもつながるのだと感じました。
子どもの「もちあじ」を大切にする教室の紹介も、何度もうなずきながら読みました。
そして、「授業に参加できる工夫」。
これも本当に大切だと思います。
小学校の頃、(先生たちに)なかなかその思いが伝わらず、「私が間違っていたのかもしれない」と思ったこともありました。
だからこそ、この本で学ぶことができて、とてもありがたかったです。
たくさんの示唆と研究の共有とおすすめの本が随所に紹介されていて、学びになりました。
ハンディサイズで手に取りやすく、読みやすいのも嬉しかったです。
たくさんの学びをありがとうございました。
読んでいただき、大変感謝です。特に心に残ったこととして、ロンドン・ニューアム区のインクルーシブ教育宣言の言葉を挙げてくださっているのがうれしく思いました。「今日の子どもたちは、明日の建築家、計画者、政治家であり、彼ら自身のインクルージョンの経験は、将来、非隔離的な環境を作るのに役立つ」という言葉は、本書中でコラムも含め2回取り上げています。要するに、障害のある子のためにインクルーシブ教育があるのではなく、みんなが共生社会をつくるためにインクルーシブ教育を進めていく必要があるということです。そうした理念を掲げている地域もあるということを紹介したく思いました。

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また、集団づくりの軸となる「もちあじ」という考え方などについても「頷いて読んでいただけた」ということで嬉しく思います。実際、特に大阪府では、「ともに学び ともに育つ」教育を「もちあじ」を大切にする集団づくりとつなげて取り組む実践やその報告が増えてきています。
まず始めに、
濱元先生、家の子の先生になってください🤣実際の先生は、「この子は3年間成長してません。」なんて大人数の前で言ってしまう人だったんです…。この言葉は本の中にも登場しましたが、本当に「では貴方は何を教えてきたんですか?」と、ツッコミたくなりました。という経験をした、静岡県在住です。
あぁ~、大阪〜、イイですよね、
インクルーシブ教育に関わるようになり、7年程に経ちました。ほぼ独学になりますが、けっこう頭に入ってきてると思います。というのも、「人権としてのインクルーシブ教育」を読んで、知ってる物事や人物が出て来て、まっさらの状態から読んでいない自分が嬉しく思いました。
あとこの本には、私が言葉にしたいものがたくさん書いてありました。そこに付箋をべたべた貼り付け、読みました!とくに社会モデルと人権モデルを書いた部分は、まだ何度も読み返しそうです。
「もちあじ」や「共に学び共に育つ」等も、人に話す時に取り入れたくなりました。
・・・というように、参考になる言葉で溢れています。
良い書との出会いに感謝🙏
耳が痛いのは、インクルーシブ教育に至るまでに、保護者・市民団体の粘り強い要求…。どうしても一人で当たって行きたい私は、一人で訴え、当たって砕けます。共に訴える仲間を得るのに難しさを感じています。
だけど「インクルーシブ」の話に関心持ってくれる人は多くなりました!
めげずに進んで行こうと思います。
本書のいろんなところに付箋をつけて読んでいただき、ありがたいです。付箋をたくさんつけてくださった本書の画像を送ってくださった先生や保護者のメッセージなどもいくつかいただきました。
また、本書が、インクルーシブ教育について、ご自身のお子さんの学校教育を通して学ばれてきたことの整理につながったのでしたら、本当にうれしいです。大阪府の府立高校では、定員内不合格を出さず、障害のある子どもが多く入学しかつ卒業もしています。すなわち、全国の中でもインクルーシブな教育が高校にあると言ってよいでしょう。そうなってきた背景に、「ともに学び ともに育つ」教育で育ってきた子どもたち自身も関わっての運動もあったことを本書中のエピソード(コラム)にふれております。
また、そのような運動を沖縄県で進められた仲村伊織さんたちの事例についても、第二章で詳しく取り上げさせていただきました。
一方で、インクルーシブ教育を求めていくには、まだまだ、保護者さんたちが、それぞれに学校や行政に対して個々に向き合わざるをえない状況が多いことを、ご感想を読みながら感じました。
『人権としてのインクルーシブ教育:「ともに学び ともに育つ」教育をひろげるために』を読ませていただきました。読了感といたしまして、私の知らないことをたくさん勉強させていただいたなぁ、と感じております。
特に心に残っておりますのは、「障害者解放」という考え方、楠敏雄さんのお言葉で「障害児にとっては、能力をつけること以上に差別に負けない「障害者」として成長することが必要であり、そのためには普通学校が最適である」という表現で、地域の学校で共に学ぶ権利を主張されたこと。
私は自分の子の背中に、私は、これから、この先、どこまで、いつまで、こういう気持ちを込めて行くことができるだろう、怖いような、でもこの気持ちを持ち続けることは、子を社会へ送り出す者として、就学通知を全員に届けることを訴えていく者として、絶対に必要なのだろう、と切ない気持ちになりました。
第三章の海外におけるインクルーシブ教育の展開は、初めて知ることばかりで、特に、「共に生きることを学ぶ権利」について、一人ひとりの「学び育つ権利」だけではなく、「共に生きることを学ぶ権利」を保障する、分けられず、学び育つ場が必要、という箇所は、日本にとって大切な観点だと思いました。
第四章の、「ともに学び 育つ」教育をいかに広げていくか、は、「つながる」「育ちあい」の要素を授業や学校生活に取り入れていくこと、もちあじの話など、教育だけでなく、私達が普段の暮らしのなかで、大切にしていきたいことだと思いました。こどももおとなも、お互いの声を聞き合い、生きていくこと、先生がこの本全体で、おっしゃっていることは、とてもシンプルなようで、難しい、日常のお話ではなかろうか、と受け止めました。
そして、最後の方の、120ページの、「ネガテイブ ケイパビリティ゙」という言葉、「わからなさ」や「途中の状態」に踏みとどまりながら、こどもたちの関係が育っていく過程を見守ることが求められるという箇所。
NHKのドラマで、「幸せは、食べて、寝て、待て」というのを観ておりましたが、そこでも「ネガテイブ ケイパビリティ」という言葉が出てきて、ふとつながった気がします。人生に通ずるものを感じました。
インクルーシブ教育も、生きることも、比例の、右肩上がりの直線のグラフでは表現できない、3歩進んで、4歩、5歩下がったり、思いがけない方向に随分と進んだり、想定のできないものかと思います。だからこそ、面白く、難しく、あれこれ気づかされ、粘り強さが要求され、それと同時に力を抜くことも大切だったり、いろいろなのですね。
この本が、こどもたち、学校教育、先生たちの後推しにきっとなると思います。私の拙い感想でした。ありがとうございました。
本書の中でも紹介させてもらっている、山本さんの御感想です。本書冒頭の楠敏雄さんの障害者解放の考え方、「共に生きることを学ぶ権利」、最後に書いているネガティブ・ケイパビリティなどにふれてくださり、大変ありがたく思います。本書の中では、子どもたちが共に育ちあう関係が育つまでをじっくり見守ることの大切さの中で、この概念にふれています。本書で紹介した考え方を、ご自身のお子さんとの生活や学校との関わりのなかで受けとめてくださったことを、とてもうれしく思います。
インクルーシブ教育は、障害のある子どもの教育だけでなく、私たちがどのように共に生き、どのような社会をつくっていくのかという問題でもあります。そのような考え方を「インクルーシブ教育を受ける権利」という理念にそって何とかまとめようとしました。
その進展は、お書きいただいたように、必ずしも一直線ではなく、それどころか逆風の大きいものです。それでも、子どもたちが共に学び、育ち合うことの意味を問い続け、少しずつ学校や社会を変えていくことが大切なのだと思います。本書が、その支えに少しでもなれば幸いです。感想を寄せてくださった皆さんに、あらためてお礼を申し上げます。
現役の先生など教育関係者、研究者の方、行政の方からも感想をいただきました。「ともに学び ともに育つ」教育がひろがるように、取り組んでいきたいと思います。まだ、お読みでない方も、ぜひ読んでいただき、「インクルーシブ教育関係者」になってもらえたらと思います。