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「意見のある人は、いますか」——沈黙を促進する会議

    「意見のある人がいれば、お願いします」


    ある夏の定例会議。
    エンゲージメント調査の結果が昨年から大きく下がった
    ——その報告の締めくくりに、上司はそう言った。

    誰も、手を挙げなかった。

    俺はリモートの画面越しに、その沈黙を聴いていた。
    いや、正確に言えば、俺もその沈黙の一部だった。


    *

    匿名でしか、声が出ない

    調査の自由記述には、こう書かれていたという。

    • 職場で気軽に雑談ができない

    • 手軽に相談ができない環境である

    • 研修や教育の機会がない

    上司の回答は明快だった。
    職場は雑談をする場所ではない。
    ここは新規事業開発のセクションであり、仕事は自ら作りに行くものだ。


    正論だ。俺も、一理あると思った。


    だが、メンバーには「自ら作る」ためのノウハウが与えられていない。
    新規事業は探索の部署なのに、探索に適した人員が配置されているわけでもない。そして何より、そのメンバーが上司に相談できる場は、公式にはどこにも存在しない。

    階層の距離は、物理的に声を殺してしまう。

    メンバーが欲しかったのは、おそらく雑談そのものではない。
    相談にたどり着くまでの、細い報連相のルートだ。

    だから声は、匿名の調査でしか出せなかった。

    そしてその匿名の声すら、正論で打ち消された。

    匿名でなければ言えなかった理由を、上司自身が証明してしまった。


    正論を言い切った直後の、「意見のある人がいれば、お願いします」。


    あれは、意見の募集ではない。
    俺にはむしろ沈黙の促進剤に見えた。

    誰も発言しないという既成事実を作りあげて、自分の正しさを確定させる儀式。
    恐らく本人に悪意はないのだろう。
    むしろ信念なのだと思う。だからこそ、誰にも止められない…。


    *


    もう一つの会議室で、俺は引いた


    この夏、俺は転職する予定だ。
    行き先は、社員数十名のベンチャーだ。

    入社前から、新規事業の議論に参加させてもらっている。
    とある新サービスについて、俺は意見を伝えた。
    一般的な消費者心理からすると、受け入れられまでには少し時間がかかるのではないか、と。


    社長の返答は、速かった。

    自身の生活者としての、一人の労働者としての実体験を根拠に、このサービスは無理なく報酬を上げる仕組みだから、普及の壁はそこまで高くない
    ——精緻な持論が、瞬時に返ってきた。


    俺は、引いた。

    反論できなかったのではない。
    まだこの業界で知識や経験のない自分が、百戦錬磨の人に対して意見がそのまま受け入れられる可能性は低い、と計算して、言葉を引っ込めた。


    今の大企業での組織会議室で14年かけて身につけた癖が、新しい会議室でも、勝手に出た。


    Whatの扉は、ここでも閉まっていた。


    *


    それでも、手は動いた

    ところが、だ。

    会議のあと、俺は実務メンバーと一緒に動き始めていた。
    このサービスを、どこから、いつ、誰が進めていくのか。
    実務論はまだ白紙だった。
    だから決まっているサービスを前提に、どう実現するかを、関係者と個別に詰めていった。


    やらされたのではない。全員が、能動的に走っていた。


    あれ、と思った。


    俺はWhatを諦めたのに、手が止まらなかった。
    前の組織では、諦めたらそこで終わりだったのに。


    *

    天井の高さ

    二つの会議室を並べて、気づいたことがある。


    共通点は、Whatが上に固定されていることだ。
    大企業では階層の距離が声を届かなくさせ、ベンチャーでは社長の即時の抗弁が声を押し返す。
    方向は違えど、想いや意見は一方通行になる。


    違いは、Howの天井の高さだ。


    大企業で俺に許されたHowは、与えられた業務の改善と効率化までだった。ベンチャーで渡されたHowは、実現方法まるごとだった。


    そして、この整理は自分にも刺さった。

    俺は14年、大企業で「与えられた枠の中でアレンジし、改善し、効率化する」ことに長けた人間だと自己分析してきた。それは自分の才能だと思っていた。

    違った。
    あれは、天井の低い場所で生き延びるための、生存戦略だった。


    *


    あなたが受動的なのではない

    指示待ちは、性格ではない。天井の高さの関数だ。

    天井の低い場所に14年いれば、誰でも天井の低さに合わせて背中を丸める。丸めた背中は、いつしか「協調性」や「安定感」と呼ばれるようになる。


    エンゲージメント調査を下げた犯人は、雑談の欠如ではない。


    天井の低さに、気づいてしまった人の絶望だ。声の主は、今年度この組織に来たばかりの人かもしれない。まだ、天井に目が慣れていない人だ。


    *


    走る組織は、崖にも速い


    ただし、ベンチャー礼賛で終わらせるつもりはない。

    Howの天井が高い組織は、Whatが間違っていたとき、全員で速く崖に走る。

    走る組織の強みは、現実(市場)からの検証(フィードバック)を受けられることだ。
    黙る組織では、Whatの誤りは検証すら許されない。

    それでも、現実に検証される前に、言葉で検証する人間がいたほうがいい。授業料は、安いほうがいい。

    俺は新しい組織で、その検証者の側に立ちたいと思っている。

    一度引いた人間だからこそ、次は引かない準備をして扉をくぐる。
    持論には、持論で返さない。返すのは、事実だ。
    顧客の声を一つ、数字を一つ、机の上に置く。

    これはまだ実績ではない。未来への宣言だ。


    *


    月曜の朝、線を引く

    もしあなたが、自分のことを「指示待ちの受動的な人間だ」とどこかで責めているなら、月曜の朝に5分だけ試してほしいことがある。

    今週、自分が関わる仕事を3つ書き出す。
    それぞれに、「どこから上が自分の裁量か」の線を引いてみる。

    線が全部、自分より上にあるなら——あなたが受動的なのではない。
    天井が低いだけだ。


    逆に、もしあなたがチームを率いる側なら、どうか一つだけ胸に留めておいてほしい。


    正論を言い切った直後に、「意見のある人はいますか」と聞かないでほしい。
    それは意見の募集ではなく、沈黙の促進剤だから。


    俺は二つの会議室で、二度、黙った。

    三度目の会議室では、黙らないと決めている。

    あなたの会議室の沈黙は、誰かに促されていないだろうか。

     
     
    親父は町の中古車屋を潰した。 従業員が全員いなくなった日から、「組織はなぜ壊れるのか」を考えている。 第一部は、大企業で14年。檻の中から組織を見ていた。 第二部は、ベンチャー企業で、社長の右腕として経営者と一緒に変わる側へ。 中小企業診断士。人を責める前に、構造を疑え。

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