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Photo bygo_mitarai

絶望してやろうじゃないか。「もう、あんな思いはしたくない」と動けなくなっていた僕へ。

    また、あんな思いはしたくない。
    そう思うと、動けなくなる。

    いわゆる暗黒期というものが、人生にはあったりする。「あの時期は闇落ちしてたな… 」と思い出す時期が、生きていれば、一度や二度はあるんじゃないかと思う。

    * * *

    もう10年以上前になるが、僕は今の妻と出会って、子供を授かったことが分かった。あと半年で産まれるというタイミングで、現状を変えるべくその時の仕事を辞めて、正月明けから転職活動をしていた。

    辞めて数ヶ月で新しい会社が決まるだろうと考えていたが、時はリーマンショックの直後。「求人件数は今までの2割ぐらいしかありませんよ」と転職エージェントに言われていた。その意味を理解できていなかった僕は、転職活動を続けながら、その厳しさを知ることになる。

    その当時、前職は1年ほどWEBデザイナーというものをやっていたが、ひたすら黙ってパソコンにずっと向かうことが、どうにも性に合わないような感覚があった。

    WEBデザイナーは、僕が夢と掲げて、なりたかったものではあったのだが、いろいろあって辞めることにした。(ただ、この1年間の経験は、その後の仕事に大いに役立った)

    辞めたものの、「なりたかったもの」にはもうなったので、そこから先に何をすればいいのか、まったくもってわからなくなっていた。

    あらためて自分がこれまでやってきたことを振り返ると、人と話しながら企画を目論んだり、あれこれ飛び散った話を整理して一つの形に作り上げていくことは、割とできるということが見えてきた。そこから導き出されたものとして、「WEBディレクター」という仕事を選ぶことにした。

    WEBディレクターと言われても、多くの人は何をする人かわからないだろう。端的に言えば、調整役であり、方向を示す人。WEBページをつくるためのディレクションをする人だ。

    具体的に何をやるのか?

    クライアントがどういったWEBサイトを作りたいのかをヒアリングして、その話を整理し、どんなものを作ると良いかを考え、クライアントが望むWEBサイトを、WEBデザイナーやエンジニアと連携を取って作っていく。

    そういう仕事だ。

    「WEBデザイナー」と「WEBディレクター」という職種名には、どちらも頭に「WEB」が付いてはいるが、仕事内容は全く異なる。

    そのため、同じWEB業界の仕事ではあるが、経験者ではなく「未経験転職」という扱いになり、即戦力ではないと見なされ、転職活動は困難を極めた。

    子供が生まれてくるリミットも近づく中、転職エージェントは、「仕事が決まりやすいであろうWEBデザイナーの仕事」を、いくつも僕に送ってくる。

    彼らは「やさしい相談者」の顔をしているが、報酬は企業から得ている。できるだけ仕事が決まりやすい案件を渡して、成果報酬を得たいのが本音だ。

    別にこれは転職エージェントが悪いわけではない。ビジネスモデル上、そういった構造になっているのだ。だから僕らは無料で、身の上話を聞いてもらえる。

    貯金は毎月減り続ける。あと数ヶ月は暮らしていけるだろうが、その先はなかなか厳しい。

    あと3ヶ月暮らせるだろうか。そんな状態でも、元の仕事に戻るということは選択せず、転職エージェントが送ってくるWEBデザイナーの案件を断り続けた。自分が向かいたい方へ向かうことを貫いた。

    あと2ヶ月しか暮らせないという段階になった頃、僕は妻と話しながら泣いていた。不甲斐なくて申し訳なくて、精神的に追い込まれていたこともあり、泣き始めてしまった。つられて、不安を抱えている妻も泣いていた。

    「ごめんな。なんか数ヶ月で新しい仕事を決めるはずだったのに、もう5ヶ月も経った。あと2ヶ月で子供も生まれてくるっていうのに、なかなかうまくいかなくて本当に申し訳ない。」

    2人でリビングの床にうずくまって泣いている姿が、俯瞰で陰陽図のようになっている映像が、なぜか脳裏に残っている。

    僕と妻は、同じ会社で出会った。その時に、僕がWEBデザイナーとして仕事をしている状況を、彼女は見ていた。仕事終わりの時間も、土日も、どこか仕事のことが頭にあり、追い詰められたような感じになり、顔の眉毛のあたりが妙な痙攣を起こしていたことも知っていた。

    だから彼女は、またWEBデザイナーに戻れとは言わなかった。時間がかかり、苦労はしているが、新しい道に行くことを許してくれた。

    そうこうしているうちに5ヶ月目が過ぎ、書類審査には受かるようになってきた。あとは面接で受かればいいのだが、それもなかなかうまくはいかなかった。

    先が見えない。どうなるか、わからない。そんな状態での5ヶ月は長い。

    子供が生まれてくる予定日は7月末。貯金残高的には、6月と7月までは耐えられる。しかし、そこで貯金が底をつく。子供が産まれるまでには、なんとか仕事が決まっている状態にしたい。

    電車に乗りながら音楽を聴いていると、おもむろにSMAPの「らいおんハート」が耳に流れこんできた。失ったものを全部埋めてあげる、と歌うあのワンフレーズ。

    それを聞きながら、僕は電車の中で涙を抑えられずにいた。

    妻は22歳という若さで子供を授かり、母親になることを選んだ。まだまだ遊びたかっただろう。周りの友達は、飲みに行ったり、週末にどこかへ出かけたりしている。そんな中、お腹が大きくなり、つわりがあったりで体調も思うようにいかない。

    そこに加えて、僕は仕事が決まらない。彼女にいろんなものを失わせている。精神的に不安にさせている。今、こうして失ったものは、いつか必ず全部埋めよう。埋めるんだ、必ず。

    安心して子供を産める状況にしてあげたい。なかなかそれができないでいる自分に、不甲斐なさと悔しさを感じていた。

    電車の窓際に立っていた僕は、涙があふれ、小刻みに震えながら、御堂筋線の西中島南方から中津へ向かう橋を渡る車窓から、夕暮れで光る淀川の水面を見つめていた。

    転職活動は6ヶ月目に入り、いよいよ最終面接に至る会社があった。

    その面接に至る数週間前から、WEBマーケティングというものを学び始めていた。そこで学び始めたことが何か運命の流れを変えたのか、未経験であるWEBディレクターの仕事につながる話を面接で展開することができた。

    「今、学び始めているところですが、まだまだこれから本格的に学んでいくところです。」そういった姿勢が実を結んだのか、面接から数日後に掛かってきた電話で転職エージェントから告げられた。「おめでとうございます」と。

    なんとか子供が生まれる前に、貯金が尽きる前に、仕事を決めることができた。それまで節約生活をしていた中で、実は自分に強いていたルールがあった。「白米を食べない。牛肉を食べない。」この2つだ。

    仕事が決まった後、お祝いを兼ねて牛角に行った。久しぶりのお肉。久しぶりのごはん。あの時、口の中に広がったお肉とごはんの味は、何物にも変えがたい喜びを含んだ味だった。

    * * *

    もう、あんな思いはしたくない。

    あの頃は先が見えないトンネルの中で、この後どうなるかわからない不安の中で自信を失い、なんとか気持ちを整え、次に向かうため、転職活動を続けていた。

    もう、あんな思いはしたくない。

    そういう思いが、
    今の僕を、現状に留めるのかもしれない。

    今、僕はまた、安定した場所から、新しい道に踏み出そうとしている。自分の歩んできた道を振り返りながら、それを言葉にして、発信して、残していく。そういう生き方へ。

    やりたいことのはずなのに、いざ大きく一歩を踏み出そうとすると、足がすくむ。うまくいかなかったら、どうする。また、あの夜のリビングに戻ることになったら、どうする。

    現状を変えることには、怖さが伴う。現状を変えたいと思いながらも、変えきれていない理由は、「もう、あんな思いはしたくない。」と思うことから来ているのかもしれない。

    そんなことに気づき始めていた頃、夜のコンビニに車を停めたタイミングで、ラジオからこんな話が聞こえてきた。

    西任暁子さんの「LIFE HUB」という番組に、麻生要一さんという方がゲストで出ており、トーク後にその振り返りを話しているタイミングだった。

    多くの人は、「もう二度と、あんな苦しい思いはしたくない。」と思うから、絶望すると守りに入りたくなる。しかし、麻生さんは何度も絶望しながらも、決して守りに入っていない。

    「絶望は、創作意欲に転換できる。」

    絶望をするからこそ、ここから何ができるだろうかと頭をひねる。そこから創造が生まれる。だから、絶望は必ずしも悪いものではない。

    絶望の裏側には「なんとかしたい」という想いがある。そもそも望みがなかったら、絶望できない。

    そんな話だった。

    車を停めたまま、僕はしばらく動けなかった。

    あの転職活動の日々を思い返していた。夕暮れの淀川の水面を見つめながら、小刻みに震えていた僕。あのとき僕は、絶望の淵にいた。

    でも、あの絶望の奥には、確かにあったのだ。必ず、きっと必ず全部、埋めていくんだという想いが。妻のためにも、産まれてくる子供のためにも、自分が向かいたいと願う方へ向かうんだ、という意思が。

    「このまま、どうにもならなかったら、どうしよう。」と不安になり、絶望感を抱える夜もあった。だが絶望できたのは、諦めていなかったからだ。自分にはまだできるはずだと、心のどこかで信じていたからだ。

    自分はもっとこういうことができるんじゃないか、もっとこうなれるんじゃないか。自分に対して可能性を感じているからこそ、人は絶望できる。

    「絶望は、創作意欲に転換できる。」

    もしかしたらこの言葉は、僕の怖れを解放する言葉になるかもしれない。「もう、あんな思いをしたくない。」という恐怖から、大きな次の一歩を踏み出せずにいる今を、動かすことになるかもしれない。

    また絶望するようなことになったとしても、そこからまた湧き上がってくるものがあるはずだ。それをつかんで僕はまた立ち上がり、再び前に進んでいくことができるはずだ。あの頃、僕が自分をあきらめなかったように。

    だったら、絶望を必要以上に怖がる必要はない。

    絶望してやろうじゃないか。

    勇気を出して踏み出した先で、うまくいかない現実に絶望したのなら、そこであらためて何ができるかを考え、創造を繰り広げていけばいいじゃないか。

    * * *

    あなたには、「もう、あんな思いはしたくない」と思うような過去がありますか?

    もしあるのなら、それはあなたを現状に留める見えない鎖であると同時に、あなたがそれを創作意欲に転換して、また新たに一歩を踏み出せるのか?という問いを渡されているのかもしれません。

    とはいえ、あのときの牛角の味は、もう一度味わいたいような、二度と味わいたくないような…(終)

     
     
    のうのう暮らすYouTube「nounou class」運営。面白いと思った人を呼んだり、つないだり、なんか起きそうな場をつくることをやりがち。7日間断食完走。たまに踊る2児パパ。遺伝子は夜型。

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