
「AIを使え」と言われた現場。指示を守った結果、正しく停止する|社内AI観察録 #3
※海の賑わいの話は前回↓
海が賑わっていた頃、陸は静かだった。
AI活用を楽しみながら推し進める側と、それを静かに眺める側。
今回は、その後者の話だ。
静か、というと聞こえはいい。
実際には、正しく止まっていた。
導入半年後(大「公開」時代最盛期の裏側で起こっていたこと)
◆陸の民は、ちゃんと従っていた
彼らは何もしていなかったわけじゃない。
ここは誤解してはいけない。
探検家たちが持ち帰る好事例に、ちゃんと反応する。
「へぇ、そんな使い方あるんだぁ」、「それ便利そうですね!」。
必要なら拍手もする。盛り上がるべき場面では、ちゃんと盛り上がる。
彼らなりに、「AIの社内普及」に貢献していた。
組織の空気を前に進めようとしていた、と言ってもいい。
だが、自分で船には乗らなかった。
なぜか。
答えはかなりシンプルだ。
AIを使うことが、彼らにとっては「便利な近道」ではなく、既存業務にもう一工程足す話だったからである。
AIの画面を開く。
文章を入れる。
ファイルを入れる。
返ってきたものを読む。
必要なら直す。
そして最後は自分で確認する。
この一連の流れを「便利」と呼ぶには、いささか無理があった。
だから彼らは、こう考えた。
自分で毎回AIを触るより、
誰かが“使い道の完成形”を作ってくれた方が早い。
例えば、
・部署名を入れれば連絡先が返ってくる。
・客先名を入れれば担当者が表示される。
・手土産選びみたいな、妙に地味なのに失敗はできないような・・・できれば誰も判断したくない仕事を代わりにやってくれる。
そういう「完成形パッケージ」がそのうち出てくるはずだ、と。
彼らはAIを使わなかったのではない。
日々の業務の中で、「AIを使え」という指示に、最も組織人らしく従っただけだった。
勝手な実験はしない。
危ない橋は渡らない。
役に立つ形になったら、その時ちゃんと使う。
個人で立ち向かうのではなく、組織の構造を生かした団体戦。
実にまっとうで、実に正しい。
そしてその正しさが、陸地を見事に停止させた。
◆陸の民の誤算
結論から言うと、彼らが待ち望んだ「便利な完成品」はなかなか現れなかった。これは陸の民にとって痛手だった。
AIの回答には「揺らぎ」がある。同じ質問をしても、毎回言い回しが変わる。そして何より、ヤツはたまに自信たっぷりに嘘をつく。
会社は「AIの回答を鵜呑みにするな」と口すっぱく言い続けていた。
となると、AIを経由したところで、最後は人間が確認することになる。
つまり、仕事は早くならない。
むしろ工程が増える。
彼らにとってAIは「便利な道具」ではなかった。この得体の知れない新入社員はあくまでも確認作業を増やす「新しい工程」として上陸したのである。
さらに、極めて社外秘に近い情報を扱う類のチャットボットは、そもそも所管部から業務利用の認可が下りにくかった。勇敢な探検家の中には、その聖域に踏み込んだ者もいたが、大抵は公開直後、お約束のように【業務利用不可】の注意書きが添えられていた。
海では時代が進んでいた。
好事例は流れ、発信は活発。大「公開」時代よろしく、皆どこか近世の入口みたいな顔をしていた。
しかし陸では、まだ普通に中世ど真ん中だった。
AI社員は入社した。だが部屋の隅っこに座らされ、誰からも大きな仕事を任されず、毎日慎ましく微笑んでいただけだった。
◆陸の民はついに正解に辿り着いた
ここまで来ると導き出される合理的な結論は一つしかない。
新しい指示が来るまで、余計なことはしない。
その方が事故らない。
その方が怒られない。
その方が、たぶん正しい。
陸地は、まさに正しく硬直していた。
導入7〜8ヶ月後(大「公開」時代終焉の頃の陸地)
◆あるおっちゃんの、まともすぎる質問
この空気に、妙な形で風穴を開けた人がいた。
昼休みに開かれた社内のAI説明会か何かの、最後の質疑応答だったと思う。自己研鑽みたいな、ああいう場だ。
だいたい「ああいう場」の質問は2種類だと僕は思っている。
ひとつは、前向きかつ無難なやつ。
もうひとつは、質問の形をした感想だ。
そのおっちゃんの発言は、そのどちらでもなかった。
どういうことか。要するに・・・こういうことを言ったのだ。
「AIを使って効率化する、という話は分かる。
だがその先に、会社として何を目指しているのかがまだ見えない。
会社は何をしたいのか?
仕事を減らしたいのか、仕事の質を変えたいのか、そこがはっきりしないまま、「使え」だけが来ているように見える。」
ド直球だ。
そして、極めてまともな質問だった。
まともすぎて、場の空気は少し固まった。その瞬間、昼休みのzoom勉強会は、ひどく真面目なライブ中継へと姿を変えた。
講師役の社員は、それはもちろん丁寧に答えていた。
AIによってより付加価値の高い業務に注力できるようになり〜、とか、
今後ますます人にしかできない仕事へシフトしていき〜、とか、
聞き覚えのある正しい言葉を、正しい順番で並べていた。
だが、その瞬間ちょっとだけ空気は変わっていた。
たぶん皆、うっすら分かっていたのだと思う。
いま現場で起きていることは、「AIによって人間が高次の仕事へ向かう」以前に、人間がAIの答えをダブルチェックをする仕事が増えているという、
なんとも不毛な現実だということを。
おっちゃんは別に反対派ではなかった。
怒ってもいなかった。そして、誰も傷つけてはいない。
ただ、「目的を問う」という社会人としてあまりにも普通の質問をしただけだった。
それだけで、場を制圧した。
無血開城である。
いやー、あっぱれだった。
僕はZoomの向こう・・・顔も出していないそのおっちゃんに、勝手に拍手を送った。(ちなみにそのおっちゃんは、その少し前まで音声ミュートの仕方を周囲に訊いていた。)
◆その時、現場は止まった。
あの質疑応答ひとつで会社全体を語るつもりはないし、そんなことはできない。だが、少なくとも陸地の空気はよく表れていたと思う。
海でも一つの時代が終わりかけていた頃、
陸地もまた、別の意味で行き詰まっていた。
誰も反抗していない。
誰も怠けてもいない。
ちゃんと指示は受け止めている。
前向きさだって、ないわけじゃない。
それぞれが、誠実に指示に向き合った。
そして、その結果、何も進まなかった。
2025年初冬。
AIは既にそこにあった。
ただ、使い方だけが「間に合っていなかった」。
僕がこの時見たのは、組織が指示に従わなかった姿ではない。
むしろ、指示に忠実に従った結果、キレイに「停止した姿」だった。
AI活用に必要なのは、命令よりも先に、
「どう使えば責任が減るのか」という見通しだったのだと思う。
そして、指示の履行は、行動だけで起こるわけではないことも学んだ。
・・・「態度」だってある。