
世界の中にいる人間を見るのが好き
十四年ぶりにアトレイアへ帰った。けれど、そこはもう私の住む世界ではなかった。
何の話かというと、昔やっていたオンラインゲームの続編のサービスが始まったのだ。
やってみるかとインストールし、キャラクターを作ってログインするも違和感を覚える。

当然だが、私の知っている世界はそこにはない。アトレイアは二百年経っていて、私がアトレイアを去ってから現実世界も十四年経っているのだ。
アトレイアが龍族に乗っ取られて荒廃していた間に、私の人生も十四年が経ち、あの頃とはまったく違うものになっている。
そして、やってみて思い出した。
昔の思い出込みでのあの世界だったのだ、と。
私は、強い眼精疲労を目の奥に抱え、そっとログアウトした。決して加齢で現代のゲームに馴染めなかったからではない。
現在の私は、オンラインゲームに人生を費やした若者ではなく、言葉を日々紡ぐ物書きになっていた。
それは、オンラインゲームをやめたあと、なぜか始めた婚活で、夫に出会って話をするようになり、現実世界の方に重きを置くようになっていったからだと思う。
たぶん、ログインして引っかかった違和感、それはログインしても当時の仲間は誰もおらず、知らない世界にひとり。そして、私はリアルで生きている。
崩壊する前のアトレイアで仲間と過ごした三年間は忘れない。今もBGMを聞くだけで会話や空気まで思い出せる。今はないがプレイブログで綴った日々。要塞戦でみんなが飛び立つ音、羽根団子(死んだら羽根でくるまれ団子のようになる)。
そして今、私はそこで生きているのではない。現実の世界で生活し、限界母になりつつも、文章を書いている。
十四年の間に変わった今の人生が好きなのだ。
夫と出会い、『イル』と名乗り、文章を書いていた時期。
子育てで筆を置いていた十年間。
そして『凪砂いる』として筆を執り直した約一年半前。最初に書いたのはnoteではなく、『彼岸の恋文』だった。
すっかり居場所が変わっていたのだ。限界母で、エッセイや創作をする場所で今は生きている。
そして、筆を執り直して、ありがたいことに新しい仲間がたくさんできた。
書籍化という新しい夢に向かって書き続ける日々は、学びもあり、楽しく過ごしている。
十四年ぶりにアトレイアへ帰った。けれど、そこはもう私の住む世界ではなかった。
昔から文章を書いていたが、子育てを挟んで、筆を執り直して書いていると当時の私が知ったら、どう思うだろうか。
あの頃の私も、今の私も根底にあるものは変わらない。
「世界の中にいる人間を見るのが好き」なのである。
今はそれを文章に書き起こしている。かつての私がいて、今の私がいるのだ。

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