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Photo bytama3ro

心配性な私は10年経って少し強くなれたかな|あの日母になった私へ

    私は、心配性かつ気にしいである。異常なほどに。
    それは、息子の妊娠中にも発揮されていた。
    『胎動が弱い』と心配で眠れなくなり、無事産まれてくるか不安であり。
    夜中にも病院に駆け込み挙句の果てには心配性過ぎて大病院に転院させられる始末。
    心配性が過ぎて妊娠中に記録なんて書けたもんじゃない。
    今思えば、そんなに心配しなくても、よかったのにね。

    2015年のゴールデンウィーク明け、息子は生まれた。
    予定日より1週間遅く。マイペースな彼は生まれる時もマイペース。
    70時間の陣痛と帝王切開になるかもしれず飲まず食わずで陣痛と戦った。
    そして生まれてきた我が子は人一倍大きな産声を上げた。

    泣き声は人一倍大きく、イオンの授乳室で息子が泣き出したらその場にいた子が全員連鎖で泣き出したほどである。

    心配性は産んでからもずっと続いた。
    育児書片手にああでもないこうでもない、余裕ない。そんな日々。

    離乳食を食べる頃になると下手なりに頑張って作った。

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    初期の頃。冷凍前のペースト。
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    1歳前くらい。

    当時を振り返る暇もなかったけど、頑張ってた。
    完全に取り分けたり、今じゃ絶対できないくらい手の込んだ物作ってた。

    10年前の私へ
    余裕ないよね。事あるごとに心配事が尽きないよね。
    毎日お疲れ様。
    あなたが不安になるから詳しくは言えないけど。
    本当に10年、いろいろなことがありました。
    いっぱい心配して、悩んで、泣いてきた。
    それでも今は色々あるけど大丈夫。

    この子もこの子なりにゆっくり小学生をやってるから。
    私も、やっと自分と向き合えているから。
    だから、自分を責めすぎないで、がんばりすぎないで。
    って言っても私だもん。心配するしがんばりすぎるよなぁ。
    10年経って、なんとかなってる。そのままのあなたで大丈夫。
    心配事が尽きない時点で立派に母をやっているから、大丈夫。

    デコボコな親子はデコボコな道を10年歩んできた。
    でも、無駄なことなんて一つもなかったと思える。

    今日も息子は学校とデイからテンション高く帰宅するだろう。
    それをいつものように迎えてあげられる母でいようと思う。
    これからも泣いて笑ってドタバタな日々は続いていく。
    それでも、息子との日々を大切に過ごしていきたい。

    多分私は日々グラデーションのように母になっているのだと思う。
    「お母さん、大好きー!」だけで怒っていても許してしまうチョロい母として。

     
     
    創作と日々のエッセイを書く、限界母系物書きクラゲ|著書『短い恋のはずだから』『書くと、たゆたう』|コーヒーは燃料。言葉は呼吸。 ☕️活動一覧☕️ https://lit.link/iru_nagisa Amazonアソシエイトプログラム参加中

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