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掌編小説|カウンター席で、恋が動き出す

     新緑に似合わぬ灼熱がじりじりと地面を照りつける。
     図書館へ本を返却に行こうとしたが、その前に私は図書館のカウンター席で飲むコーヒーを買っていくことにした。

     休日のカフェは人の波にのまれそうなほど多くの人で賑わっている。
    (これ、モバイルオーダーのほうが早いやつ)
     そう私の頭の中が訴える。
     一刻も早く涼が取りたい、私の指は自然にカフェのモバイルオーダー画面を開く。
    (アイスコーヒー、ショート……いや、グランデサイズで)

     注文の行列に並ばないで済む文明の利器に感謝をしつつ、受け取り口へ並ぶ。
     同時に、図書館のカウンター席の予約を済ませる。これで私の休日は完璧なのだ。
     ふと視線を横にやると、草原で少女が風に吹かれている絵画が飾られている。
     カフェに新緑の香りを運んでくるそれに気がつく人はどれだけいるのだろうか。
     
     「お待たせいたしました」

     持ち帰り用のカップに淹れられたコーヒーがからりと音を立て、手渡される。

     私は「ありがとうございます」と少しお辞儀をし、店をあとにする。
     ドアを開けた瞬間にむわっとむせ返るような熱気が立ちのぼった。

     図書館へ行き、予約券を出し、腰をおろす。
     『蓋がしてある飲み物持ち込み自由』これがこの図書館の特色だ。
     カフェも併設されており、休日はここで過ごすのが、私の週末となっている。

     (今日は、何を読もう?)

     ちらりと隣に座る人を見ると、どこかで見た面影。
     真剣な表情でノートパソコンを操り、手帳にペンを走らせるその姿に、私は見覚えがあった。

    (永峰くん――同じ図書委員だった)

     永峰遥真ながみねはるま、同じ高校の同級生で図書委員。銀縁の眼鏡にさらりとした短い黒髪。近寄りがたい空気をまとっていた。
     そんな彼を、私は同じ図書委員として見てきた。一見近寄りがたい見た目に反して、本のことになると話が止まらない。
     彼と話している時間が楽しくて、嬉しくて――幸せだった。
     惹かれていることに気がついたのは、卒業前。進学先もバラバラで、何も伝えられずに終わったのだ。

     「もしかして――柿沼かきぬま……唯夏ゆいかさん?」

     急に横から声がして、私はわたわたと声にならない声を漏らしながら頷いた。
     永峰くんが、高校時代と変わらない銀縁眼鏡の奥で目を細め、微笑む。

     「永峰くんは、お仕事中?」
     「いや――作家をやってるんだ。まだ駆け出しだけど」

     昔、本の話をしている時の彼のように、瞳の奥が輝いている。
     作家、か。彼らしいと思うと同時に、少しさみしくもあった。また彼が遠くへいってしまいそうで。
     彼がさらさらと付箋にペンを走らせる。

     「これ、連絡先。いつでも連絡して」

     手渡されたそれを、頷きながら包むように握る。

     「私、また永峰くんに会えたら、話したいことがあったの」

     彼の目がとたんに丸くなり、頬が少し赤みを帯びる。
     一瞬視線を落とし、私の方を向き直す。

     「――じゃあ、お昼食べにいかない? 近くのイタリアンの店のランチが美味しいんだ」
     
     私は蚊の鳴くような声で「うん」と頷くことしかできなかった。

     卒業してからの年月を埋めるように、私の鼓動が次第に早まっていく。
     留まっていたあの日から、時間が動き出す。秒針の音に急かされるように、私の鼓動は速くなっていった。
     
     彼と食べたミートソースのペンネは、心なしか少し、甘かった。


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    創作と日々のエッセイを書く、限界母系物書きクラゲ|著書『短い恋のはずだから』『書くと、たゆたう』|コーヒーは燃料。言葉は呼吸。 ☕️活動一覧☕️ https://lit.link/iru_nagisa Amazonアソシエイトプログラム参加中

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