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人生の忘れ物を取りに戻る

    今になって、専門学校時代に専攻していたものを個人的に学び直している。
    病気や様々な事情で辞めた学校、思い残した夢、学生時代に忘れてきたものを、この年になって取りに行くように。

    思い残しや過去へ忘れてきたものって、誰でも持っていると思う。

    1年前、筆を執り直して、書き続けて自分の人生を言葉で整理してきた。
    そして、書くことだけじゃなくさまざまなことをやりたい、挑戦したいと思った時、ふと夫からWEBサイトの修正を頼まれた。これが私の心に火をつけた。

    デザインも勉強し直して、現代技術にアップデートしよう。

    私は情報系専門学校のデザイン専攻だった。20年以上経ち見る影もないが、学生時代、キャンパスに忘れてきたものを取りに行く。そんな感じだ。
    時代は平成中期から令和に変わっている。しかし、やってみたい。

    今は学び直すのに様々な講座がある。しかも安く学べる。
    YouTubeも学び直しにはありがたい。
    完全独学。学生時代のように先生や同じ専攻の友達はいない。教室で試行錯誤しながらデザインの元ラフを描いていた放課後もない。
    でも、気分は学生時代、スーツを着て初めてキャンパスに入ったあの日に戻ったような、そんな感覚。

    書くことも、デザインも『表現したい』その思いは共通している。
    小説では文章で表現し、デザインや絵で形にする。それが私の本来やりたかったことであり、生き方だったのかもしれない。

    人生の忘れ物を取りに戻るのに、遅すぎることはない。

    自分の人生を自分で選び取っていく感覚。
    今になって、ひとつひとつ、少しずつ拾い直していっている。

    人生に忘れてきたものを過去の自分から手渡され、少しずつでも「ああすればよかった」「こうすればよかった」が減っていくといい。

    人生に後悔は残したくない。

    だから、私は選ぶ。人生に置いてきたものを集め、今からでも形にしていくことを。
    昔の夢を、叶えに行く。
    容易いことではないだろう。でも、後悔するならやった後にしたい。

    こうしていると、過去の自分から何かが届く。

    「これ、忘れ物」と。

    仕事や家庭を限界で回してきて、いつの間にか忘れてきたことさえ、忘れていた。
    そんなものが書くことで届き始めた。そんな気がする。

    改めて思う。

    人生の忘れ物を取りに戻るのに、遅すぎることはない、と。

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    創作と日々のエッセイを書く、限界母系物書きクラゲ|著書『短い恋のはずだから』『書くと、たゆたう』|コーヒーは燃料。言葉は呼吸。 ☕️活動一覧☕️ https://lit.link/iru_nagisa Amazonアソシエイトプログラム参加中

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