
FXの聖杯はオーダーメイドで作られる 前編 ―― 最初にやるのは「採寸」
聖杯は既製品として売られていない。
もし棚に並んでいたら、それは誰かのサイズに合わせて縫われた服であって、あなたが着れば袖は余るか、胸が爆ぜる。
オーダーメイドの仕立て屋が最初にやることは、生地選びでも縫製でもない。あなたの寸法を測ることだ。
そして、服もまた道具である。
道具には共通の性質がある。使い手に合っていない道具は、性能を出さないだけでは済まない。使い手のほうを壊す。
サイズの合わない靴は、足を壊す。重すぎるハンマーは、指を潰す。足場を確保せずに握ったチェーンソーは、木ではなく本人を切る。
聖杯も、まったく同じだ。
だから、手法の話をする前に測っておくべきものがある。それがメンタルコンディションを一定に保つ前提のための採寸だ。
なぜ最初がここなのか。理由は身も蓋もない。
コンディションを崩してルール外に暴走した人間は、10億持っていても一瞬で破産できるからである。手法が悪くて溶けた口座より、手法は正しかったのに握力とタイミングが狂って溶けた口座のほうが、はるかに多い。
そして厄介なことに、暴走の引き金はチャートの中にはない。全部、口座の外側にある。
聖杯はツールだ。
採寸は、それを正しく使えるかの測定である
聖杯については、後編で説明する。
先に結論だけ言っておくと、2つしかない。
① コインを何回投げられるかを管理すること。
② 予想ではなく動いた事実に賭けること。
これは誰にとっても同じで人によって変わらない。
聖杯は、この2つしかない。
そして正直なところ、これは隠すような話ではない。どこかで読んだことのある人もいるだろう。
問題は、聞いても使えないということだ。
採寸していない人間がこの2つを受け取っても、1回にいくら賭けるのかも、何連敗まで耐える設計にするのかも決められない。決められないまま使えば、結局いつもの握り方になる。
だから順番は、こちらが先になる。
ここが誤解されやすい。オーダーメイドといっても、ツールそのものを作り変える話ではない。
変わるのは道具ではなく、道具の設定値と、そもそもそれを使えるかどうかである。
1回に何%まで賭けていいのか
何連敗までを想定するのか
どの時間軸を触るのか
そもそも、何時にチャートを開いていいのか
ゴルフクラブのフィッティングに近い。
クラブの原理は全員同じだ。ヘッドで球を打つ。それ以外にやりようがない。だがシャフトの硬さも、長さも、ライ角も、身長と力に合わせなければ当たらない。他人の数値をそのままコピーした瞬間、袖が余るか、胸が爆ぜる。
そして道具には、もうひとつ性質がある。
使用条件を満たしていない道具は、使ってはいけない。
耐荷重を超えた脚立。足場のないチェーンソー。これらは「使い方が下手」なのではない。使用条件が足りていない。道具のほうは何も悪くない。
ここが、聖杯探しが無限ループになる理由でもある。
人は道具がうまく動かなかったとき、「この道具が悪い」と結論して、次の道具を探す。だからEAを乗り換え、インジケーターを買い替え、手法を渡り歩く。
だが実際には、測っていないだけだ。測らずに次を買っても、次でも同じことが起きる。
だから、採寸から始める。
採寸①:あなたはお金を持っているか
いきなりお金の話から入る。他人からお金を持っているかを問われれば100パーセント詐欺の匂いがするものだが、ここを飛ばすと採寸が始まらない。
見るのは残高そのものではなく残機だ。
その金は余剰資金かで溶けても生活に支障がないか
死んだあとコンティニューができるのか。追加入金の弾はあるのか
無限入金ができるのか、「これが最後の一機」なのか
月100万を証拠金に回せる会社経営者と、月3万をひねり出すサラリーマン。この二人が同じ戦い方をする理由はどこにもない。
同じ設定値では戦えない。どちらも必ず壊れる。
残機が多い人間は、ドローダウンを「経過」として眺められる。
残機が1の人間には、同じドローダウンが「死の宣告」となる。
見えている景色が違うのだから、握るべきロットも、置くべき損切りも、そもそも触っていい時間帯も変わる。
残機はリスク許容度という言葉より正確である。
採寸②:あなたの物語のエンディング
「FXでどうなりたいか」と聞くと、圧倒的に多い答えがこれだ。
お金持ちになりたい
幼稚園児と同レベルの解像度である。
ここで問うているのは、答えの中身ではない。ちゃんと答えられるかどうかだ。内容はどうでもいい。
初心者は「1億」「2億」と最終形態を置きたがる傾向がある。
到達点があるだけ、まだ健全だ。
一方、いくらか場数を踏んだFX戦士になると、こうなる。
毎年、億単位で永遠に勝ち続けるようになりたい
終わりが消えている。
ゴールのないマラソンに、ペース配分は存在しない。
そして出口とは、金額だけのことではない。
「いくらになったら降りるのか」と「降りたあと何をするのか」は、セットで初めて出口になる。
降りたあとの予定がない人間は降りない。目標額に届いても、次の目標を置いて走り続ける。増えても降りられない口座は、いつか必ず全部返す日が来る。
出口の座標が決まって初めて、そこへ向かう線が引ける。
採寸③:もう負けているか、まだ負けていないか
これは残高の問題ではなく、あなたの歴史・履歴の問題だ。
一番いいのはまだ負けていない状態である。負け癖という身体の記憶がなく、損切りを「作業」として実行できる。メンタルの初期値として、これ以上の条件はない。
すでに負けているなら、金額を単独で見てはいけない。持っているお金と並べて、比率で見る。
100万持っていて10万負けた
15万持っていて10万負けた
15万持っていて10万勝った。けどトータルでは300万負けている
同じ「10万」の勝ち負けの話だが、意味はまったく変わってくる。設定値も変わってくる。
1つ目は、まだゲームの中にいる。
2つ目は、次の一撃で終わる位置にいる。
そして3つ目が、いちばん厄介だ。
この人は、勝っているときですら取り返しモードにいる。目の前で10万増えているのに、本人の頭の中では「まだ290万負けている」。だから利益を伸ばせないし、ロットも下げられない。勝っている最中に壊れていく。
取り返そうという意識は、必ず判断を歪ませる。ここから先の暴走は、性格ではなく構造の問題だ。
負けを認識したうえで採寸するのと、負けをなかったことにして採寸するのとでは、出てくる数値がまったく違う。
採寸④:時間があるか
最後に、いちばん残酷な項目。
今から始めるので、じっくりやれる
それとも、来週の家賃とカードの引き落としが待っている
これには年齢も入る。何歳までに、どうなっていたいのか。
時間は資金と同じく有限の資源で、しかも追加入金ができない。
時間がない人間は、期待値の低い選択に傾く。
これは意志の弱さではない。締切に追われた人間の、合理的な振る舞いだ。締切が近ければ、分の悪い賭けでも一発を狙うほうが目標達成確率は高くなる。計算として正しい。
正しいがゆえに、止まらない。
だから道具を握る前には、あなた自身の締切がどこにあるのかを把握しておかなければならない。
二つのケースを並べる
同じ「証拠金10万」でも、採寸結果はここまで変わる。
ケースA
証拠金は10万しかない。来月以降の収入は未定。 今月末に50万のクレジットの支払いがある。時間がない。来週には金持ちになりたい。
この人に聖杯は使えない。
正確に言えば、聖杯というツールは存在するが、この人はまだ使用条件を満たしていない。
残機ゼロ、期限は来週、必要倍率は5倍以上。設定値を決める余地が物理的に存在しない。
ここで「ギャンブルであたれば勝てばなるんじゃないかな」と言って終わるのは、採寸を放棄している。
条件に解がないなら、変えるべきは道具ではない。条件のほうだ。
クレジットの支払いを先に終わらせる。
相場外で10万を作れないか(残機を1つ増やす)
「来週50万」を「半年で50万」に置き換えられないか(必要倍率を下げる)
どれも地味で、チャートとは何の関係もない。
だが、この4項目のどれか1つでも動けば、さっきまで解のなかった問題に解が出る。逆に、ここを動かさずに道具だけを探しても、答えは永久に出ない。
耐荷重が足りない脚立に乗るとき、体重を軽くするか、脚立を増強するか、そもそも登らないか。相場では、そのまま登った人が落ちていく。
ケースB
証拠金は10万しかない。だが来月は50万入ってくる。 今月の支払いはない。急ぎたい気持ちはあるが、締切はない。 来年には金持ちになりたい。
こちらは、設定値を決められる。
残機が補充される見込みがあり、背中に締切がなく、失っても致命傷にならない。同じ10万でも、この10万は「授業料として使い切っていい10万」だ。
試行回数を確保できる口座は、それだけで生き残る資格がある。
ただし、ひとつ釘を刺しておく。
「来月50万入る」は、「来月50万を賭けられる」という意味ではない。
そこには家賃も食費も含まれている。残機として数えていいのは、消えても生活が続く部分だけだ。ここを取り違えた瞬間、ケースBはケースAに変わる。
証拠金は同額。違うのは、その周りにある条件だけである。
まとめ
聖杯はある。
だが、それを使えるかどうかと、どの設定値で使うのかは、手法が決めるのではない。採寸が決める。
残機はいくつか(余剰資金か、コンティニューできるか)
どこで降りるのか(具体的な数字と、降りたあと何をするか)
もう負けているか(日々の負け額とトータル負け額を、残高との比率で)
締切はいつか(支払い、あなたの年齢、目標時期)
まず、この四つを紙に書き出すまで、道具について考える必要はない。
自分の寸法を知らないまま握った道具は、必ずどこかを壊す。
壊れる場所は、たいてい一番力がかかってしまう場所だ。
それでは、聖杯の話に入ろう
逆に言えば、四つを書き出したなら、もう道具の話に入っていい。
書いた紙を、もう一度見てほしい。
そこにあるのは、チャートの話ではない。相場のことは一文字も書いていない。全部、あなたの話だ。
だが、その紙が設定値の上限を決めている。
1回にいくら賭けられるのか。何連敗までを想定するのか。どの時間軸を触っていいのか。何時にチャートを開いていいのか。
全部、そこから出る。
そして、そこに無いものは出てこない。
寸法は出た。次は、その寸法を当てる相手のほうだ。
それでは、具体的に聖杯の話に入ろう。
ただし、ひとつだけ先に断っておく。
次に出てくるのは、新しい手法でも、見たことのないインジケーターでもない。
むしろ、あなたが今持っているものを、片っ端から使えなくするかもしれない。
そのうえで、最後に2つだけ残る。