
『待つ時間』 エッセイ風掌編
眠れない夜は、時間の進み方がおかしい。
時計を見ると、1時24分だった。まだ大丈夫だと思う。今から眠れば5時間くらいは寝られる。
目を閉じると、明日の仕事のことが浮かんだ。朝一番で返すメール、途中になっている資料、昨日の打ち合わせで言わなくてもよかった一言。考えないようにすると、今度は別のことが出てくる。
今月はいくら使っただろう。そういえば来月は保険の更新がある。このまま今の仕事を続けて、あと何年こうして働くんだろう。そこから老後のことまで考えている自分に気づいて、さすがに話が飛びすぎだと思う。
寝返りを打つ。布団の中が少し暑くて、片足だけ外に出した。
もう一度時計を見ると、2時03分だった。
40分しか経っていない。体感では、もう2時間くらい経った気がする。水でも飲もうかと思ったが、起きたら余計に目が覚めそうでやめた。
しばらくすると、今度は家族のことを考えていた。親も歳を取った。この前会ったとき、前より歩くのが遅くなっていた気がする。もっと顔を見せた方がいいんだろうなと思ったところで、ずっと昔のことを思い出した。
中学生の頃、母親にひどいことを言った。何を言ったのかはもう正確には覚えていないのに、そのあとの母親の顔だけは覚えている。
昼間には思い出さないことが、夜中になると妙にはっきり出てくる。昔の友人のことを考えたかと思えば、辞めた仕事や行かなかった旅行、買わなかった家、別れた人まで出てきて、あのとき違う方を選んでいたら今ごろどうなっていただろう、と考える。
考えても仕方がない。
時計を見ると、2時46分だった。3時が近い。
さすがに眠らなきゃと思う。呼吸をゆっくりしてみたり、何も考えないようにしてみたりするうちに、気がつけば10年前の飲み会で言った、どうでもいい冗談を思い出している。
相手も覚えていないだろうし、自分だって昼間なら忘れている。それなのに、夜中になると急に引っぱり出される。
夜中の頭には優先順位がない。
明日の仕事を考えていたはずなのに、いつの間にか20年前の後悔に戻り、そこから来月の支払いへ飛んだかと思えば、小学生の頃に飼っていた犬のことを思い出している。何のつながりもないのに、そのときだけは全部が同じくらい大事なことに思える。
時計を見る。
3時28分。
もう見ないことにして、スマートフォンを伏せ、枕から少し遠ざけた。
目を閉じても、しばらくはまだ何かを考えていた。明日のことだったか、昔のことだったか、それともまったく別のことだったかは覚えていない。
次に時計を見たのは、目覚ましが鳴ったときだった。
何時に眠ったのかは分からない。
眠れない夜は長い。
でも最後のところだけは、いつも覚えていない。