
📚 席

「おいしいね~」
「ほんと、美味しい」
サクサクっとしたタルト、しゅんわりしたリンゴ。
風がほどよく涼しくなり日射しはまだ少し鋭かった。「なにかおいしいものを食べに行こう」と、ここに来ることにした。
日曜日の午前中。
この店にはよく来ている。十年、二十年、もっと前から。
若い頃は、たまの贅沢で来ていた。
その後は、週末の楽しみで来ていたこともある。ひとりだったり。
今日は紅茶を頼んだが、コーヒーを頼むこともあったり。
オプションのアイスクリームをつけることもあったり。
たまにはブルーベリータルトやミートパイを食べることもあった。
今日は、シンプルにアップルパイを、オプションなしで。
この辺りの街並みもお店も変わっていったが、この店はずっと開いている。
内装も、あまり変わらない。ーあまり変わらないように見えるというのは、頻繁にマイナーチェンジをしているのかもしれない。
窓から外を見て、
(あれ?)と思った。
窓に面した列の端っこの席。
この店には何十回も来ていて、その度に店員さんに案内されるまま席に座った。
席数は多い。窓に面している所も面していない所もある。厨房に近い所や、入り口に近い所もある。
同じ席に座ったことがあるかどうか覚えてはいない。
あまり座る場所に頓着しないもので。
だけど、この席は、この席に座ったこの眺めは、覚えている。
椅子の背もたれの後ろに壁があって、窓の方をみると、すーっと景色をみることができる。
そして、目の前に、男の人が座っている。
あのときは、
たまの贅沢だった。
そのとき目の前に座っていた人とは(たぶんまた来ることは無いだろうな)と思っていた。その頃は、行き先、それから先の場所が違うだろう、と思っていた。そして、その先の場所を合わせようとは、思っていなかった。
その時の自分は、
今の状況を想像できないと思う。
目の前の男の人は「おいしいね~」とパクパク食べている。
そんな人と一緒にこの店に来るだろうとは思っていなかった。
「もう1個頼んでもいい? ミートパイもおいしそうだと思って」
「うん、美味しいよ、ミートパイ」
「それと、このパフェも頼もう」
(食べ切れるかなぁ……)
「朝、食べてないから、おなかすいちゃってさ」
おいしそうに食べる人だ。
それだけだとちょっとあれかもしれないので彼の名誉のために言っておくと、何だか知らないが難しそうな仕事をしている。自分は内容を聞いてもよくわからないー本当はわかるかもしれないけれどもーわからないということにしている。

セーブポイント……
ゲームをいないから詳しくは知らないが、そういう言葉が思い付いた。
あの時の自分が座っていたこの場所。
あれから、色んな人とあったり、色んな場所に行った。
そして、今日、この場所で。
ここにしかセーブポイントが無いとすると、かなり長い間無かったことになる。
どこか他の場所にもあったんだろうか……?

「今週は自宅で仕事が多いんだ。ランチにまた来る?」
「うん」
「今度は何食べようかな……おすすめある?」
「うーん、なんだろぅ、どれも美味しいよ」
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「コーヒー or ティー?」
(あ、ぼーっとしてた)「コーヒー please」
娘からメッセージ。(免税店で☆☆☆の財布? 仕方ないなぁ。また妻に『甘いんだから』と言われるかな)と考えて、-商談の資料の見直しもしたし、行ってみないとわからないこともあるしーノートパソコンを閉じて、それで何してたんだったっけな。
いつものことだよ。
いつも、と言えるように、何事も無い、というのがいいことなんだ。

あぁ、あれ、この見渡し。
窓からは翼がみえて、客席を見渡すと、
飛行機は何度も何十回も乗ってる。どの席に座るかは、ざっくり窓側と決めているだけで、空いてる席をてきとうに選んだり割り振られたりする。
この席、たぶん、
昔、〇〇〇行きの飛行機で座った。
〇〇〇行きの飛行機は何回も乗ってはいるが、たぶん同じ席は座っていない。
あのとき、
希望に満ち溢れた青年のふりをしていたが、少なくとも、そう見えるように心掛けていたつもりだが、内心、心細かった。
友人たちと離れ、彼女ーといって差支えないだろうか、彼氏と名乗るのはおこがましかったかもしれないーその人とも離れ
ー 連絡をとることは出来たし、連絡をとることは難しいことではなかった。でも、できれば何となく連絡が取れなくなるくらいがいいと思っていた。
その頃、
いっぱしのビジネスマンのような恰好ーイージーオーダースーツだがーパソコンを広げて仕事をしてるのかと思いきや、自分が娘にブランドの財布を買うかどうか決定はしつつも悩みながら、ただ座っている、
そんなことを想像できただろうか。
その後、
何の気も無しにーといっては責任感が無さ過ぎるかもしれないが、気付くと、同じ職場の女性と結婚することになって、
そして、子どもが生れて、大きくなっていって、
もうすぐ、
あのときの自分と同じ年になる。
ここの席に座って、
もし目を瞑ったら、
……その時に戻ってしまうだろうか。
目を閉じた。
しばらくして、
目を開けた。
戻ってはいなかった。
さっきと同じ。
今だった。
(妻にも何か買って帰ろう)

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あとがき
ある公園のベンチに座った時、ここに座ったことがある、その時のことを思い出しました。
その頃よく聞いていたオーケストラの曲の、緩やかな楽章の編曲版 ー 上のBGMとしての曲。
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