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夢は今も叶っている

    わたしの夢ってなんだろう。

    色々考えましたが、やっぱり「一生書きたい」。
    これしか浮かびませんでした。

    目標は大なり小なり色々ありますが、それもほぼ全て「一生書きたい」につながっています。


    「一生書きたい」の「一生」には、「(躁鬱を抱えながら)一生」という背景があります。

    わたしは双極性障害、いわゆる躁鬱病を患っています。治療歴は6年弱になりますが、まだまだ猛威を振るわれっぱなしです。

    二次創作の小説は20年ほど書き続けてこられましたが、ブログやnoteからは幾度となく離れました。

    2024年春、躁鬱の悪化で休職した時もそうでした。二次創作の原稿に影響はなかったものの、noteを書き続けることはできませんでした。

    2024年6月に復職して、半年ほどやっぱりまたnoteから離れて、2025年2月、久しぶりに休職体験記を書いていた時。

    ふと「もう書くことを手放したくない」と強く思ったのです。noteだってこうして何度でも戻ってきてしまうのだから、もうやめたくない。

    それから毎日noteにいます。
    まだ50日程度になりますが、毎日最長記録です。

    二次創作小説は約20年、ほぼずっと手放さずに書いてきましたが、やっぱり一次創作やエッセイ、「わたしの作品」と呼べるものがほしい。

    そして精神疾患を抱えながらもどうにかして書き続けるわたしの姿が、誰かにとって「自分も諦めずに書き続けよう」と思えるきっかけになってほしい。

    そんな目標、いや、欲望? そんな思いを込めつつ、「一生書きたい」をテーマに掲げて、不調の時でも七転八倒書き続けております。


    さてこの夢が叶うのはいつなのでしょうか。
    「一生」というからには、やっぱり死ぬ時なのでしょうか?

    死ぬその日まで書いていたら「叶った」といえるでしょうか。でも、いつどんな死に方をするかは、その時まで分からない。

    だから朝一番に文章を書くことにしました。

    朝一番に書いておけば、その後どんな事故に遭おうとも「一生書いた」といえる。
    馬鹿馬鹿しいこだわりかもしれません。でも切実なのです。

    「(躁鬱を抱えながら)一生書く」ということは、「(躁鬱とたたかい、生きることを選択しながら)一生書く」ということでもあるから。

    だから毎朝書いています。
    隙あらば書いています。

    いつ死ぬか分からないから、夜には死んでいるかもしれないと思って書いています。

    だから書いているこの瞬間、たぶん夢は叶っています。毎日「今日が最後の日」なので。


    ……心配性すぎるだろって自分でも思いますけどね(笑)。
    本当はね、100歳まで元気に長生きして、今際の際でも「一生書きたい」と願い続けながらペンを手放すのが夢です。叶いますように。


    #みんなで書く部
    お題:あなたの夢を聞かせて!

    ここまでお読みいただきありがとうございました!

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