
航海記|現象としての「書く」
わたしにとっての「書く」にまた新たな視点が。
ある日思ったんですね。
やることに「書く」という名称をつけるから、何をやって何をやらないのかみたいな問いに追われるのでは、と。
書くことが目的になってるのは別にいいんだけど、やることに「書く」という名称をつけるのをやめてみたいと。
かといって別の名称をつければいいという話でもなく。「つむぐ」とか「語る」とかそういう言い換えをしたいって話じゃなくて。
「世界を愛おしくする」とかそういう理念の話でもなくて。もっと漫然とやってみたいというか。
仮に言い換えるとして、「呼吸」もまだ強い。「存在」くらいまで薄めたい。
「存在」くらい重いのではなく、「存在」くらい軽い。そういうニュアンス。