
2026年9~10月の振り返り/前編【田坂和昭ここだけの話・その①】
9月に就任した田坂和昭監督のコラムがスタート。毎月一度、チームの戦いの裏側をお話しします。第1回は前後編に分け、この9~10月の戦いについて振り返ります。前編となる今回は、監督就任の舞台裏、そして「原点に立ち返る」という言葉の中身について。
▼プロフィール
田坂 和昭(たさか かずあき)
1971年 広島県広島市出身。東海大卒業。1994年にベルマーレ平塚に加入しMFとして活躍。95年、99年に日本代表選出。2000年にセレッソ大阪に加入。2002年に引退し2003年からセレッソ大阪でU-18コーチ、トップチームコーチを歴任。2006年より清水エスパルスでコーチ兼サテライト監督。2011年に大分トリニータで監督に初就任。2015年に清水エスパルスでヘッドコーチと監督、2016年に松本山雅FCでコーチ。2017年より福島ユナイテッドFC、 2019年より栃木SC、2023年にギラヴァンツ北九州、2024年から上武大で監督を務める。2026年にいわきFCのスポーツディビジョン ダイレクター就任。2026/27シーズン途中にいわきFC監督に就任。
■「ちょっと待ってほしい」
今年からいわきスポーツクラブ スポーツディビジョンのダイレクターとして、チームの強化に携わってきました。そこから状況が変わり、この9月に田村雄三監督が辞任。私がトップチームの指揮を執ることになりました。まずはその時の心境からお話しようと思います。
当時のチームは、J2で5試合を終えて1勝4敗。8月9日の開幕戦でFC今治に勝った後、リーグ4連敗という苦しい状況でした。
実は監督に就任する前から、雄三と大倉社長の3人でたびたび話をしてきました。雄三が大倉さんに「辞任したい」と伝えたのは、9月5日の徳島戦が終わった翌日のこと。当初、我々としては「もう一度話をしよう」という意向でした。
でも、雄三の中で気持ちはすでに固まっていたようです。表情はどちらかというと、すっきりしていた。私もいろいろなチームで監督をやってきたので、この時「ああ、雄三は気持ちの整理ができたんだな」と悟りました。
辞任を受け入れた上で、スポーツディビジョンのマネージャーを務める平澤(俊輔)も入れた4人で、この先どうするかを話し合いました。現状、クラブにはJFA Proライセンスを持っている指導者が私しかいません。そこで大倉社長が「ここはもう、ター坊がやるしかないな」と。
私は「ちょっと待ってほしい」と言いました。正直に言うと、もともと監督をやるつもりでこのクラブに来たわけではありません。当初根底にあったのは「雄三を支えたい」という想い。こちらにも心の準備がありますし、何より家族の承認が必要でした。
監督業は本当に素晴らしい仕事です。普通の仕事で味わえない刺激と、勝った時の喜びは何事にも代えがたい。その一方、家族の支えが不可欠です。試合の結果次第で、大きな迷惑をかけてしまう可能性がありますから。
でも、もし私が「やりません」と言ったら、クラブは大変なことになる。もちろんスポーツディビジョン ダイレクターとして外からの監督招聘に動く手もある。しかし、このクラブはいい意味で、他にない哲学を貫いている。いわきFCのアイデンティティを理解している指導者は外にいません。その点、自分はこの1月から8カ月あまりチームに携わり、チームの哲学をわかっていた。
つまりこの状況で、やれる人材は私しかいない。
だから、妻と話をしました。幸い「身体に気をつけて、できるならやった方がいいんじゃない?」と言ってもらえました。それを聞いて、すぐさま心のスイッチを入れました。次戦・横浜FCとのゲームはわずか数日後に迫っていました。悠長に構えている時間はない。すぐさまスタッフと、翌日の練習メニューを考え始めました。
初日のトレーニングはどんよりと暗いムードでした。雄三の辞任に選手もスタッフもショックを受け、落ち込んでいました。無理もありません。いわきには若い選手が多く、監督交代を体験している選手は少ない。だからこそ、初日は無理に活気を出そうと考えず、トレーニングメニューを淡々とこなしました。

ただし内容は初日からハードでした。選手達に「これぐらいやるよ」とはっきり示したつもりです。そんな中で特にリーダーシップを見せてくれたのが、MF永木亮太とDF遠藤凌の二人。永木は湘南ベルマーレでの雄三との関係性があって、来てくれた選手。さまざまなチームでプレーし、監督交代も多く経験してきました。雄三の辞任はとてもつらかったはずですが、先頭に立って引っ張ってくれました。そして遠藤は在籍が長く、昨年はキャプテンを務めていた選手。彼も積極的に声を出してくれました。本当にありがたかったです。
そして2日目の朝。あらためて選手達に「みんなもう大丈夫だろ!? 勝負の世界でこういうことは珍しくない。空元気でもいいから出していこう!」と伝えました。選手達の表情はさまざまでしたが、吹っ切れた顔も多く見られた。みんなが前を向いて元気にやってくれたと思います。
この日が新体制の実質的なスタートでした。
■「原点回帰」の中身
就任にあたって「原点に立ち返る」というコメントを出しました。
先ほども書きましたが、もともと監督に就任するつもりでこのクラブに来たわけではありません。でもダイレクター時代から、チームを監督経験者としての目線で見てきました。だから今、何が足りないのか。何をしなければいけないのかは、すでに頭の中にありました。
まず手をつけたのは、練習メニューです。