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Photo bymaimaica

今のところ元カレが走馬灯に出てきそうで困る

    もう間もなく命が尽きるという瞬間、いつの景色が走馬灯として映し出されるだろうか。そこには、誰がうつっているだろうか。

    ・:*+. :+・:*+. :+

    先日noteを通して仲良くなった同世代女子4人で渋谷のランチに行った。好きなものをシェアするという素敵な文化があって、その日はエッセイ集を持ってきた友達がいた。

    このエッセイ集、つくられた経緯がめちゃくちゃ面白くて「他人の走馬灯を見てみたいけど、絶対に見れないんだよな。あ、それなら『この人の走馬灯を見てみたい』って人に連絡をして、エッセイ集にしちゃお!」と本をつくったらしい。

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    これがその本。尾崎世界観さんなども!

    友達が好きなエッセイストさんのページをひらいて読む。その人の走馬灯は、最後はこんな文章で終わる。

    思うにどれだけ愛されたか、みたいなのを単位で表すならLm(ルーメン)になる。その数値が高ければ高いほど、走馬灯のネガみたいなのに焼かれ映される。どれだけ愛されたかはどれだけ愛したかにわりと比例する。その生涯浴びた全部のそれは集まってひとつの大きな光となってそのまぶしさでほんとの最後は真っ白。

    『死んでないけど走馬灯』しりひとみ
    スイスイさんのエッセイより

    「その数値が高ければ高いほど、走馬灯のネガみたいなのに焼かれ映される。」という表現にめちゃくちゃ共感した。(ちなみに「Lm(ルーメン)」とは「光の輝きの単位」を表すと友達が教えてくれた。)

    全く同じかは分からないけど、言葉の感覚がぴったりくる。鮮烈な「好き」の気持ちで大きく振れた感情で見た景色は、濃く脳裏に焼きついて、こびりつくように離れない。

    じゃあ私の走馬灯に出てきそうなエピソードってなんだろうと考えて、真っ先に思いついたのがこの瞬間。(「あれ、俺じゃね?」と思い当たった方は読み飛ばしてください。)


    司法修習時代、近所に住んでいた同期と仲良くなった。放課後に他の同期の家で一緒にゲームをしたり飲み会の帰りに家まで送ってもらったりしてるうちに、いつの間にかすごくすごく好きになって、付き合うことになった。

    はじめてのデートは、それまで「しっかり友達」だったのに、ちゃんとドキドキして何をしても楽しくて、「しっかり恋人」になるための関係性を切り替える儀式みたいに感じられた。

    近くの商業施設で映画「ONE PIECE film RED」を見た。見終わった頃には辺りはすっかり暗くなっていて、駅まで続く施設内の通路はがらんとして、なんとなく怖いよねって笑いながら外の道を歩いて駅に向かう。

    「わたしONE PIECEはマリンフォード編の途中までしか見てなくてさ」という話をしたら、面白がった彼が壮絶なネタバレをはじめた。しかも話がめちゃくちゃ上手いので、著作権法違反にあたるんじゃないかというくらい面白い。

    電気が落ちた商業施設の横に、ポツポツと木の並ぶ長く薄暗い道路が続く。そんなもの寂しい光景さえコントラストで私たちを盛り上げてるんじゃないかって、当たり前のように「エモい」材料として取り込んで、「ええっ、あのルフィーが?!え、バギーってあの?!!?」と驚きながら、手を繋いでスキップするように歩いたあの帰り道がどうしても脳に焼きついて離れない。

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    そういえば昔「恋愛というものをしてみたい。」と言う男の子がいた。

    「恋愛をすると『嬉しい』とか『楽しい』とか『悲しい』とか『苦しい』とか、いちいちそういう感情が増幅するって聞いて、それってすごく素敵なことだと思う。だから誰かを好きになってみたい。」と彼は言っていた。

    たしかに「感情が振れる経験」は人生を鮮やかに豊かにする。死ぬ間際に元カレを思い出すのは本当に癪なので、早めにアップデートしたいところだよね、夏だし!ちなみに私は年下犬系が好きです!

    さて、みんなの走馬灯には誰が出てきそう?


    ※こちら7月頭に書いた文章ですので、そのへんよろしくね❕

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