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倪宰治『惜別』ず解けない「Q」

     たたたた藀井省䞉の『魯迅ず日本文孊』東京倧孊出版䌚 2015.8.18を読んでいお、仙台医専に留孊しおいた魯迅を描いた倪宰治の『惜別』を䞭囜文孊者で魯迅の小説の翻蚳も手掛けおいる竹内奜が批刀しおいるこずを知った。
     できれば本曞の第章「魯迅ず倪宰治」を読んでもらった方が早いくらいなのであるが、『惜別』の読埌感を、竹内は「倪宰治のこず」初出『倪宰治党集 第䞉巻』筑摩曞房 1957.12.20 月報第䞉号で蚘しおおり、圓時「藀野先生」ずいう短文を倪宰に察する「挚拶」の぀もりで『近代文孊』幎月・月合䜵号に発衚した。

     倪宰治の「惜別」は、この問題〔魯迅の仙台退去の原因〕を解決しおいない。「惜別」の䞭の魯迅が、倪宰匏の饒舌であったり、たた「孔孟の教」ずいう、魯迅の思想ずはたるきり反察の、䞀郚の日本人の頭の䞭だけにある䜎玚な垞識的芳念をふり撒いたり、たた嘲笑者であるべきはずの「忠孝」の瀌讃者であるこずなどは、この䜜品ずその䜜者ずが持っおいる制玄を基ずしお論じなければならぬだろうから、私は問わない。ただ、いやがらせ事件ず幻燈事件を䜜者が個別に取䞊げおいるこず、そのため幻燈の途䞭で魯迅が座をはずすずいう颚に軜く扱っおいるこず、二぀の事件が魯迅に打撃らしい打撃を䞎えおいぬこず、そのため圌の文孊志望が倖郚から加えられおいるこず、孊生幹事ぞの憎しみがはっきりせぬため藀野先生ぞの愛情が䜎く固定しおいるこず、埓っお結局においお仙台を去っおゆく魯迅の埌姿が浮んでこないこず、などは指摘せねばならない。魯迅の受けた屈蟱ぞの共感が薄いために愛ず憎しみが分化せず、そのため、䜜者の意図であるはずの高められた愛情が、この䜜品には実珟されなかったのではないかず思われる。そしおそれは、「藀野先生」の䞭から、卑劣な孊生幹事を忘れお藀野先生だけを取り出したいずいう、その藀野先生に「日本人」あるいは「私」ずいう着物を着せたがる、䞀皮のいい子になりたがる気持ず共通の地盀を持぀のではないかず想像される。

    『新線 魯迅雑蚘』p.31-p.32

     竹内の倪宰批刀の䞀぀は魯迅思想を歪曲しお儒教瀌賛をさせたずいうこずず、もう䞀぀は「幻灯事件」ぞの理解が䞍足、ずいう二点である。「藀野先生」に察しお倪宰は䜕も反応しなかったようなのだが、『惜別』は幎月日に朝日新聞瀟から刊行されおおり、機を逞した感は拭えない。
     「幻灯事件」に関しおはりィキペディアに譲るずしお、倪宰は「幻灯事件」に関しお以䞋のように蚘しおいる。匕甚は『惜別・パンドラの匣』岩波文庫 2025.7.15から。

    この呚さんの疑問は、やがお呚さんをしお文章に関心を持たしめ、埌に到っお、文豪魯迅ろじんの誕生の因由になったずも考えられない事はないであろうが、しかし、このごろ皆の蚀っおいるように所謂いわゆる「幻燈事件」に䟝っお、その疑問が、突然、呚さんの胞䞭に沞き起こったずいう説は、少し違っおいるのではなかろうかず私には思われる。ひずの話に䟝れば埌幎、魯迅自身も仙台時代の远憶を曞き、それにもやはり、その所謂「幻燈事件」に䟝っお医孊から文芞に転身するようになったず確信しおいるそうであるが、それはあの人が、䜕かの郜合で、自分の過去を四捚五入し簡明に敎理しようずしお曞いたのではないだろうか。

    『惜別・パンドラの箱』p.146-p.147

     あれは、たしか二孊幎の終りの頃の事であったず思う。雪も消えお、抎ヶ岡぀぀じがおかの枝垂桜しだれざくらも咲きはじめ、たた校庭の山桜も、ねばっこい耐色かっしょくの皚葉わかば共に重厚な花をひらいお、私たちはそろそろ孊幎末の詊隓準備に着手しおいた頃であった。あの、所謂「幻燈事件」が起り、呚さんのな぀かしい姿が、応然こ぀ぜんず、私たちの呚囲から消えた。前にも蚀ったように、呚さんは、あの幻燈の画面を芋お、にわかに医孊から文芞ぞ転換したのではなく、その方針の倉化は、ずいぶん前から埐々に行われおいたのは事実であるが、しかし、あの「幻燈事件」は、少くずもその総決算の口実の圹目を勀めたずいう事は認めざるを埗ないのである。

    『惜別・パンドラの箱』p.160

     ぀たりこれは竹内ず倪宰の芋解の盞違ずいう以䞊に、専門家である竹内の芋解に異を唱えた倪宰を竹内が難詰しおいるのである。
     魯迅ず儒教に関しおは以䞋のような蚘述がある。

    僕は小さい時から、他の人がみんな熱狂しお拍手なんかしおいる堎合、それず䞀緒に拍手するのが、おもはゆいような気持になるのです。堂々たる挔説を聞き、内心はずおも感激しおいるのですが、しかし、他の人が倧拍手しお浮かれおいるのを芋るず、どうしおもその挔説に拍手が出来なくなっおしたうのです。内心の感動が倧きければ倧きいほど、拍手なんかするのは、その挔説者に察する癜々しい虚瀌のように思われ、かえっお倱瀌なこずではないかしら、黙っおいるのが本圓の敬意だずいうような気がしお、拍手の喧噪を憎みたくなっお来るのです。  僕たちは小さい時から、支那の儒者先生たちから、いやになるほど叀聖賢の蚀の暗誊あんしょうを匷いられたした。そうしお僕たちを、ひどい儒教ぎらいの男に育おあげおしたったのです。

    『惜別・パンドラの箱』p.136-p.137

     本圓に同じ『惜別』を読んでいるのかず思うほど、竹内の批刀は頓珍挢の感が拭えないのであるが、ここで䜐高信の『魯迅烈読』岩波珟代文庫 2007.5.16を取り䞊げたい。
     竹内の倪宰に察する怒りの原因を䜐高は以䞋のように蚘しおいる。

     なぜ、竹内がここたで怒ったのか。それは、倪宰が䜜品の䞭で魯迅を倩皇制賛矎さんび者にしおしたったからである。
     仙台で「愚かな䞭囜人」を撮った幻灯げんずうを芋お、「愚匱な囜民は、たずい䜓栌がどんなに健党で、どれほど長生きしようずも、せいぜい無意味な芋せしめの材料ず、その芋物人になるだけではないか」ず思い、医孊を捚お、䞭囜人の「粟神の改造」をめざしお文孊に転向した魯迅が、どうしお倩皇制賛矎者になるのか。
     倪宰を含めお、私たち日本人が深く魯迅に孊び盎さなければならないず、私が考える理由に䞀぀がそこにもある。

    『魯迅烈読』p.185

     「倪宰が魯迅を倩皇制賛矎者にした」ずたで竹内は曞いおはいないものの、圓時はこの点においお批刀が倚数あったようで、岩波文庫『惜別・パンドラの匣』の解説で安藀宏も指摘しおいる郚分を匕甚しおみる。「呚さん」の蚀葉である。

    倩祖はじめお基をひらき、神代を経お、神歊倩皇じんむおんのうその統を䌝え、䞇䞖䞀系の皇宀が”げんこ”ずしお日本を治め絊う神囜の真の姿の自芚こそ、明治維新の原動力になったのである。この倩地の公道に拠らざれば救囜の法もたた無し芳じお将軍慶喜公よしのぶこう、たずすすんで恭順の意を衚し、埳川幕府二癟数十幎、封暩の諞倧名も、先を争っお己おのれの領地を倩皇に奉還ほうかんした。ここに日本の匷さがある。劂䜕いかに螏み迷っおも、ひずたび囜難到来すれば、雛ひなの芪鳥の呚囲に銳はせ集぀どうが劂く、䞀切を捚おお皇宀に垰䞀し奉たおた぀る。たさに、囜䜓の粟華せいかである。埡民の神聖な本胜である。これの発露した時には、蘭孊も䜕も、倧暎颚に遭った朚の葉の劂く、たわいなく吹き飛ばされおしたうのである。

    『惜別・パンドラの箱』p.107

     ずころで安藀は解説で興味深いこずを指摘しおいる。

     このようにこの小説の評䟡は、いただ二分されたたたなのだが、䞀぀付け加えおおかなければならないのは、倪宰は戊埌、この小説を曞いたこずで、内心ひそかな傷 ヌ 時代の板挟みになった傷痕 ヌ を抱えるこずになった、ずいう事実であろう。たずえば戊埌の昭和二二幎四月〔十五日〕には改蚂版倧日本雄匁䌚講談瀟が出版されおいるのだが、そこでは右に匕甚を含む十六頁分本曞䞀〇䞀頁䞀〇行目〈しかし、それは〉䞀䞀䞃頁䞃行目〈無くなった。〉が、ごっそり削陀されおいるのである。今日流垃しおいるバヌゞョンは初版なので、実はこの事実は䞀般にはあたり知られおいない。斎藀理生は、これらの倉曎は占領軍の怜閲の指什によるものではなく、倪宰の自䞻的なものであったのではないかず掚定しおいるが『倪宰治 単行本にたどる怜閲の圱』秀明倧孊出版䌚、二〇二〇幎、もしそうだずするず、匷いられた改皿よりも曞き手にずっおの、”傷”はより深いものであったにちがいない。

    『惜別・パンドラの箱』p.396

     しかし改蚂した時期を考慮するならば、倪宰は竹内の「藀野先生」を読んで「倩皇制賛矎」の郚分を削陀したずも考えられるのであるが、こんどは「倪宰治のこず」で「私は䞀挙に倪宰がきらいになった」ず曞いおいた竹内がこの倪宰の改蚂版を読んでいなかったのかもしれない。もっずも、改蚂版においおさえ竹内が指摘した郚分が盎されおいるわけではなく、さらに翌幎に自殺するこずになる倪宰はい぀誰ずどこで死のうかで頭がいっぱいだったろうから党面的に改皿するどころではなかったず察する。『惜別』の最埌で「呚さん」は「日本の忠矩の䞀元論」ずいう蚀葉を䜿っおいるから実質「倩皇制賛矎者」であるこずに倉わりはなかったりもする。

     竹内のりィキペディアを芋おみるず竹内はどうも倉人なようで、竹内の魯迅解釈自䜓に察しおも批刀があるのだが浅川史著『魯迅文孊を読む 竹内奜『魯迅』の批刀的怜蚌』スペヌス䌜耶 2010.12.4、䟋えば、村䞊春暹の長線小説『Q』が、ゞョヌゞ・オヌりェルの小説『幎』のもじりず芋せお魯迅の『阿Q正䌝』だったりするように、魯迅を論じだすずなかなか䞊手くたずたらないずいうのが正盎な感想である。これぞ本物の「Qアノン」ではないのか

     
     
    些流透さりゅう・ずおるず申したす。