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深い仲になっても大丈夫?

     友人関係・恋愛・ビジネス上の取引その他で、誰かと深い関係になりたいとする。

     「いい相手だと思うが、何か引っかかる」という時がある。

     その時は、何かを一緒にやってみるといい。

    試しに食事をしてみる

     例えば、一緒に食事をする。

     できれば、ファーストフード店ではない場所の方がいい。

     一定の作法が求められる場所で、社会人として適切に振る舞えるかどうかを見定めたいので、ゆっくりとできる場所の方が望ましい。

     食事をしている時、以下の点に注意して、相手の立ち振る舞いを見る。

    ・メニューの決め方
    ・食事の仕方
    ・一緒に食事している人への配慮
    ・店員への接し方

    メニューの決め方に見ること

     メニューの決め方とは、友人や恋愛関係の初期の場合、相手の意志を尊重しているのか、それとも、自分勝手に決めているか。

     相手との距離感や、性格にもよるので、一概にどうとは言えないが、他者への配慮のできる人は、自分一人だけの意志を強引に押し通すようなことはしない。

     相手の心に抵抗を生じさせないような決め方ができる。

    食事の仕方で見えるもの

     食事の仕方は、端的に綺麗か汚いか、である。

     食事の仕方には、その人がどういう作法を身に着けてきたか、どんな育ち方をしてきたかが、全部、出てしまう。

     大人になってからの改善は不可能ではないが、本人が意識的に努力をしない限り、とてもむずかしい。

     子どもの頃から親にきちんと躾けられてきた人の、滑らかで綺麗な食べ方には、到底、敵わない。

     綺麗な食べ方とは、一緒に食事をしている人に不快感を与えないということだ。

     ビジネス上の取引相手との会食で、自社社員の一人が汚い食べ方をしていたら、その時点で、取引は消滅すると思った方がいい。

     恋愛でも同様だ。

     少なくとも、きちんとした行儀作法を身に着けて育った人とは仲良くなれないと思った方がいい。

     一方に非常な忍耐を強いていることに無自覚な人と、食事をしたいと思う人はいないだろう。

    一緒に食事をしている人を配慮できるか

     また、相手が調味料を欲しがっていたり、水や何かを欲していたら、それを察して渡したり、店員を呼んだりという機転が利くか否か。

     相手本位のコミュニケーションを普段からしている人であれば、難なくできる。

    店員への接し方に現われる人間性

     店員への接し方が横柄な人は要注意だ。

     相手の立場で接し方を変える人の可能性があり、また相手が決して逆らえないのをわかっていてやっている時点で、卑劣あるいは幼稚な人間性が窺える。

    総合的に見て、関係の継続を判断する

     「メニューの決め方」「食事の仕方」「一緒に食事している人への配慮」「店員への接し方」の4点で見て、問題なければ、さらに関係を前に進めればいい。

     お気付きの方がおられるかもしれないが、実は、4点共、同じことを違った角度から見ているに過ぎない。

     つまり、自分以外の人間への配慮ができるか、相手本位の発想ができるかを見ている。

     食事という基本的なことでさえ、相手本位の発想ができなければ、他の関係でも推して知るべしである。

     関係を進展させてから、「やらかし」に気づくより、この時点で、お別れした方が、ダメージは少ない。

    結婚を考えているなら、一度海外旅行に行ってみよう!

     もう一つ、これは、結婚を考えているカップルの場合だ。

     GACKTの『素晴らしきかな人生』という、大きな本がある。

     GACKTが男女のカップルの人生相談に応えるという体裁の本だ。

     ストレートに解決策を提示しているのと、随所で、彼の人生観・結婚観が垣間見えるので、興味深い本である。

     明らかに好意がなくなっているカップルに対しては、「別れたら?」と言うこともためらわない。

     ただ、それでも、一応の改善策を提示しているのが、彼の優しさだろう。


     次に紹介するのは、あるカップルへの提案として、GACKTが述べていたものである。

     カップルの状況は、「結婚を考えているが、本当にこの人でいいのか、いまいち踏ん切りがつかない」というものだ。

     それに対して、GACKTは、「二人で旅行に行けばいい。できたら、海外旅行がいい」と言う。

     なぜ海外旅行なのかというと、海外では日本では考えられないような、未知のことがいろいろ起きるからだ。

     それに対して、二人で力を合わせて対処できなければ、結婚してもうまくいかないよ、というのが彼の言わんとすることである。

     準備から、実際に行って、帰ってくるまでを、二人で協力してやれるかどうか。

     ひどい場合だと、準備の時点で、つまづく。

     例えば、男は何もせず、女だけが準備に奔走するという場合だ。

     こういう場合、女性が全てを決め、いざ当日となると、男が文句を言うというパターンが予想できる。

     これを、「結婚後にやりたいか?」と考えてみれば、答えは出ているようなものだ。

     今は海外というのはむずかしいだろうと思うので、自分の居住区から離れた場所の国内旅行がいいのかもしれない。

     どこで、どんな日程で行くのか。
     交通機関の手配はどうするのか。レンタカーか。車が運転できない場合はどうするのか。
     宿はどこで、どのぐらいの値段にするのか。

    互いの成熟度合いが露になる抜き打ちテスト

     この「二人で計画して、数日間の旅行に行く」というのを行うことで、互いが人間としてどれぐらい成熟しているのか、自立しているかが露になる。

     仮に、片方が自分の依存体質に気づいたとしても、それを変えようという意欲と方策があれば、結婚するかどうかはともかく、関係は継続するかもしれない。

     だが、依存体質から抜けようとしない場合、切られる可能性はある。

     依存的な人間には、結婚はむずかしいと思う。

     少なくとも、自分で物事にまともに対処できないだけでなく、それをやっているパートナーに対して文句を言う人間とは、長い付き合いを続けるのは苦痛以外の何ものでもない。

     また、心理的に余裕がなくなった時でも、なお周りを慮れるかどうかに、相手の成熟度合いが現われる。

     未熟な人間の場合、心のゆとりがなくなると、言い訳したり、怒鳴ったりといった、後ろ向きの対応をするようになる。

     そういうことを、自分たちにとって未知の状況でできるかどうかを見ていく。

     そして、もしうまく、困難な状況を何度も、調和的に切り抜けることができたら、関係を次のステージに進めても良いかもしれない。

     最初の食事も、後の旅行も、一種の抜き打ちテストのようなものだ。

     誰かのコミュニケーション能力(相手本位の発想ができるかどうか)、成熟度合い、真価を見るには、未知の困難な状況に直面させてみればいい。

     普段、やるべきことをきちんとやっていれば、何もむずかしくない。

     つまり、普段から、自立的に考え、行動し、相手本位で他人と接することができていれば、食事・旅行いずれでも、容易く行えるだろう。

     今、「このまま先に行っていいのかな」と迷っている人の一助になれば、幸いである。

     
     
    社会調律家。憲法・人権・教育・倫理を静かに見つめ、不可視の構造と沈黙を言葉に変える。あり方を問うすべての営みに。

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