メインコンテンツへスキップ
見出し画像
Photo byxiang_ye

「どうにでもなれ」と思う瞬間

    私がバンジージャンプに挑戦することは一生ないだろう。

    だけど、エイヤーと崖から飛び降りる気持ちになることはよくある。

    そうした状況は、仕事で出くわすことが多い。

    実力以上のタスクをこなさなければいけない時―例えば明日、「AIの発展がもたらす社会構造の変化について英語でスピーチしてください」と言われたとしよう。

    沸点に到達すると「もうどうにでもなれ」という感覚に陥る。

    その境地にはいくつかの感情が混ざり合っている。

    「もう終わったな」という諦めに近い投げやりな気持ちと、「死ぬわけじゃないんだし、なるようにしかならない」といった覚悟に近い感覚だ。

    成功しようが、失敗しようが、人生は進んでいくのだ。

    「何が来てももう恐れない」

    そう思える瞬間がある。

    でも、突然に、あなたはあと1週間の命です、と宣告されたら、どうだろう。

    私は潔く「どうにでもなれ」と覚悟できるだろうか。

    そう考えると、あの瞬間の「なるようにしかならない」は、覚悟だったのか、それともただの逃げだったのか、少しわからなくなる。

    https://x.com/ATF_TOKYO

    この記事が参加している募集

     
     
    note3年目 / 金融記者 好奇心で世界を切り取り、感性で言葉を紡ぐ “There’s always light at the end of the tunnel.” (トンネルの先には必ず光がある) 旅、人生、AI・モフリン・モモ🍑について投稿♬ 短編小説も執筆

    あなたへのおすすめ