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初めてnoteで結婚記念日のことを書いてみる。23_001

    一応言っておく。読まないで欲しい。
    我ながら、全く面白くない投稿だ。

    自分の趣味で、日常の感じたことや家族との出来事を綴りたいと思っている。もちろん、こんな内容でも誰かの心に響けば嬉しく思うが、そうでなくても綴りたい。

    こんな記事で人の時間を奪うつもりはない。
    ここまで言っておいてそれでも読んでくれるあなたは相当な変わり者だろう。そんな方は、心して読んで欲しい。

    早速だが、近況報告したいと思う。

    昨日は結婚記念日である。
    6月9日。我ながら少しふざけた日だなと思っていたが、「天皇皇后の結婚記念日と同じらしいよ」と昨日聞いてから、少し誇らしくなった。

    丸11年を迎えた。
    とにかく色々あったが、なんとか今日という日を迎えられている。
    偏に、支えてくれた人たちのおかげだ。

    結婚して家族という形にはなったが、もともとは赤の他人だ。
    その二人が一つ屋根の下で生活しているのである。
    なにもない方がおかしいくらいじゃないだろうか。
    それぞれ違った価値観を持っている。
    価値観が違えばすれ違いも増えてくるのは自然なことだろう。

    では、すれ違いが起きやすい価値観はなんだろうか?
    少し考えてみた。
    大きくは3つだろう。
    お金のこと、教育(子育てと自分自身の学習)のこと、時間のこと。

    お金のこと。
    このズレは切実だろう。
    なぜなら、お金を使うことは日常だからだ。
    日常の感覚のズレ、この小さなズレは大きなズレになる。
    仮に一日100円の金銭感覚のズレがあるとする。
    すると1ヶ月では100円×30日=3,000円だ。
    毎月、Netflix、アマゾンプライム、Youtubeプレミアム、マネーフォワードに課金するのと同等の金額になる。
    一日たったの100円だが、月間で考えるとそのストレス量は以外に多いことがうかがえるだろう。
    夫婦が、どんなことにお金を使い、どんなことにお金をかけないか。
    切実な問題である。

    教育のこと。
    このズレも大きい。特に長い目で見るとそのズレは一際目立ち始める。
    例えば、宿題。
    宿題は夜寝る時間を削ってまでやる必要のあることなのだろうか?
    これは大きな問題だ。
    なぜなら、親の願いは一つ、それは子どもの幸せだからだ。
    どちらのほうが幸せになれるのだろうか?
    宿題をやることか?夜寝ることか?
    そんなことはわからない。
    となると、親が基準にするのは、自分が歩んできた人生だ。
    だが、親の子ども時代なんておおよそ30年前だ。
    時代は変わっている。私達の常識は現代の非常識になっている。
    教科書でさえそうだ。現代は「1192作ろう鎌倉幕府」ではない。1185年に変わっているのだ。
    言いたいのは、親は学び続けなければいけないといことだ。その上で、子どもを教育しなければならない。
    だが、学びに対する価値観の一致はなかなか難しいだろう。
    だからこそズレが生じてくるのである。

    最後は時間のことだ。
    これは夫婦のみならず、人付き合いにおいて一番の問題ではないだろうか?
    私は、優しさの最たるものは、相手の時間を奪わないことだと思っている。相手の時間に配慮しているか!?
    これに尽きる。
    一緒に生活している家族とはいえ、お互いに違う「個」である。
    時間は命だ。
    相手の時間を奪う行為は、相手の命を奪う行為だ。
    その自覚はあるか!?

    何はともあれ、価値観は人それぞれである。
    価値観を一致させようと思っても無理である。
    であればどうすればいいのだろう?
    簡単なことだ。
    自分の価値観を押し付けないこと。相手の価値観を尊重すること。
    それだけのことである。
    結婚11年。
    なんとかやってこれたのは、一応お互いにこれができたからだろう。
    感謝している。

    子どもたちの成長を見るのは楽しい。
    自分たちが成長していくのも楽しい。
    これからも家族でそういう時間を作っていけたら嬉しく思う。
    素直に言えないが、これからもよろしくお願いします。


     
     
    福岡の普通のサラリーマン✅2000名を超える「共同マガジン頑張る隊」オーナー

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