
「言い方がキツい」とよく言われる
今回の記事は読んでいてイラつく人が多いと思う
正直に書くことに努める。
人から「あなたは言い方がキツい。」とよく言われる。
「たしかにそうらしい。」ということは知っている。
でも「ふん、馬鹿が。」と思う。
かける言葉がない。
そう思うなら何も言わないよ。
お好きにどうぞ、自分の判断でやってください。
そして、相手はたいてい失敗する。
「ざまあみろ、ばか。」と思う。
今までの人生で何度もこういうことがあった。
相手が失敗したかどうかなんてわざわざ確認しに行かない。噂で耳に入る。
もう一度「ふん、馬鹿が。」と思う。
「自分は正解がわかってるみたいな態度をやめろ。」
「お前は人をおもちゃだと思ってるだろ。」
「詰問的な言い方だよね。」
これもたまに言われる。
困ったものだ、と思う。
だって、わかっちゃうんだもん。
それに、「あえて曖昧にしておく。」というのが嫌いだ。
グダグダした時間が嫌い。
すぐに決断しない人が嫌い。
「もう、これ以上は材料が出てこないし、時間がないんだから、今ここで決断しろよ。」と思う。
俺はバカだけど、ある分野においてはスパーンと先が見えることがある。
これには自信がある。
周りの人が後になってから「あいつが正しかった。」と認めざるを得ないほど、俺には先見性が光るときがある。
でも人間ってプライドとかあるから認めないんだよね。
「俺が言ったとおりの展開になっただろ?」と煽ってみると黙り込む人が多い。
俺はそういう人を見て「知的に不誠実な人だ。」と感じる。そこは是々非々で評価できないのか?と。
俺を調子に乗らせないために称賛の出し惜しみをしているんだろうけど、現実が俺の慧眼を証明しているから、その人が「お前のことなんて認めないよ。」と言おうが、俺の先見性は揺るがない、と俺は思う。
これから、あれがこうなって、あの人がこうして、こんな雰囲気になって・・・って。
人間集団の底流にある力の流れみたいなのが理解できることがある。
それと、「このフィールドではこういうゲームが展開されていて、表向きのルールはこうだけど、裏のルールはこうだから、ここはこうしよう」とか。
俺はときどき未来が見えて、段階的に、今の自分が何をするべきかがわかる。シナリオ通りに動いて、人を操って、混乱を起こして、結局、最後はおいしいポジションに居たりする。
「俺はときどき未来が見えて、」って、頭おかしくない?と思うだろうけど本当だから仕方がない。
で、俺はこの力を証明したくなった。
どうやって証明するか。
株式投資がいいだろう、と思った。
誰にも指示されず、邪魔されず、自己責任で戦える舞台だ。
株式投資を始めたきっかけは金のためでもあるし、暇つぶしでもあるけど、自分の未来予知能力や勘の良さを試したいと思ったという部分もある。
結果は満足のいくものだった。
多くの人が俺のことを傲慢だとかなんだとか言う。
仕方ない。
俺は人のことを心底バカだと思ってる。
自分以外の人間をバカだと思ってる。
そしてその考え方は態度に出てしまう。
みんなと同じように挨拶してるつもりなのに「お前、人のこと舐めてるだろ」みたいなことを言われてしまう。
「またか」と思う。
完コピしたつもりなんだけど。
「俺は人のことを心底バカだと思ってる。」と書いたが、もちろん自分より頭が良い人はたくさんいる。
でも、そういう人は哲学や経済学の分野で本を出版したり、ノーベル経済学賞を受賞しているような人たちなので、この話においては取り扱わない。
あくまで身の回りの人たちのことを言っている。