
トラブルが起きると逆に落ち着く
私は今トラブルを抱えている。
下の記事に詳細は書いたけど、読むの面倒だと思うから読まなくていいよ。
だが、不思議なことに心が落ち着いている。
🥴😁←こんな顔で生きている。
むしろ、何事もなく平穏で淡々としていたときのほうがつらかった。
今、私はトラブルを楽しんでいる。
強がっているわけじゃない。
毎日が同じようなことの繰り返しだった。
土日に休んで平日に働く。残業はほぼない。家ではXをやる。
他人から見たら平和な日々だと思う。
でも私にとっては、もう気が狂いそうなほどつらかった。
退屈だった。あらゆることに飽きていた。
毎年やってる仕事を今年もやる。大きな変化はない。
私の手取りは29万円だ。
あんなに楽な業務でこんなに稼げる仕事は他にはないと思う。絶対にないだろ。
だから、どう考えても今の仕事を辞めるべきではない。
それは、わかってる。
でも、もう飽きてしまったのだ。
もうだいたいわかった。
そんな折に、組織上層部が不意打ちをしてきた。
私はそのときは激怒したが、徐々に激怒はエンジョイに変わっていった。
「楽しいイベントが始まったぞ😁」と感じている。
マジで、自分を無敵に見せるためのイキりじゃないんです。
困った人格だな、と我ながら思う。
私には常に刺激が必要だ。
そして、その刺激は私にとって悪いものでもかまわない。刺激がないよりは、はるかに良い。
AIに相談すると何度も「起業したほうがいい」と言われる。そう言われてもね・・・。
私は地震や雷が大好きだ。
震度5ぐらいの地震が起きてグラグラと揺れると「お!来たぞ来たぞ!死んじゃうかもー!ヒャッハー!」って感じになる。
私が今見舞われているトラブルもいずれ収束するだろう。
そして、また私の平穏な日常が始まる。
本当に苦しいのはおそらくその後だ。
今はエキサイティングな状況だけど・・・。
組織の中で私の地位は下がるかもしれない。
減給?あり得ない。他部署へ異動?あり得る。
状況はもっと悪くなるかもしれない。
でも「だから何?」って感じ。
懲戒処分や分限処分を受けたら、そのときは動揺して、また私は激怒するだろう。
でも、きっと、そのときも私はその状況を楽しめる気がする。
「楽しむ」っていう表現はしっくりこない。
頭の中では「どうしよう、やばい!」って考えている。
頭はフル回転。
でも、現実的な悩みがあるおかげで漠然とした不安は消えるのだ。
そう、漠然とした不安が最も苦しい
だから、トラブルが起きると私の心は穏やかになる。
トラブルは現実的で具体的で、漠然としてないから。
私はわざとトラブルを起こしている。
わざと自分を困らせるような出来事の種を蒔いている。
周りの人から見ると「わざわざ自分のことを苦しめていて、バカなんじゃない?」って感じだろうね。
そんな感じのことを言われたこともある。
まぁ、仕方ない。
上司や同僚も本気で私のことを怖がっているようだ。
この方向の話はもうやめよう。強さを自慢してるみたいになってしまう。
ここまで読んできた人は「この人は自分のことを、どんなダメージも効かない無敵の人に思わせたいんだろうな」と思うだろう。
違うんだ。
そんなことはどうでもいい。
問題は、飽きてしまったということ。
これは本当に困った。
仕事がつまらない。職場に慣れてしまった。
職場にいても緊張感がない。
何をするべきか・・・。
治安が悪すぎる危険な国に行くみたいなことはしない。
そんなバカじゃない。
株式投資は最高だ。
数百万という金を動かしているとき、生きている実感がある。
まだ、ダラダラと書きたいが、長くなったのでこのへんでこの記事はここで終わりにしようと思う。
Netflixでドラマ『クイーンズ・ギャンビット』を見ながらこの記事を書いている。
ベスがベニーに敗北した。孤児院を出て初めての敗北だ。彼女にとっては世界が崩壊するような出来事だろう。
義母はベスを慰めようとする。
「完璧なんて無理よ。」と、優しい言葉を投げかける。
ところがベスは義母に「チェスのことなんてあなたにわからないでしょ。」みたいなことを言う。
義母「でも敗者の気持ちはわかるわ。」
ベス「でしょうね。」
義母「味わいなさい。」
良い会話だ。
その後、翌日の場面に変わる。
ベスと義母は同じ車で共に帰る。
2人とも別の方向を見ている。
仲が悪くなったのかな。緊張感。
だが、ベスが無言で義母の手を握りしめる。
そこで話が終わる。
見事だ。ああ、見事!
そして私は現実に戻る。
人生はドラマみたいにはいかない。
パッとしない、つまらない日々が延々と続く。
あるのは、痒みとか暑さとか、生理的な不快感のみ。
どうしよう・・・。