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パンに合う羊羹、香りから生まれた落雁。wagashi asobiの二つの菓子と、一つの店

    パンに合う和菓子を頼まれた

    パンの写真を使った作品展で、そのパンと一緒に食べる和菓子を用意したい。
    そんな依頼から、一つの羊羹が生まれたそうです。
    東京・長原に店を構えるwagashi asobiの「ドライフルーツの羊羹」です。

    黒糖を使った羊羹の中に、無花果、苺、胡桃。薄く切ると、黒い断面に果実の種や木の実の形が現れます。
    この菓子が最初に作られたとき、二人はまだ店を持っていませんでした。

    始まりは、和菓子職人の稲葉基大さんと、ミュージシャンで写真家の佐藤奈々子さんとの出会いです。
    2022年にnoteへ掲載されたブレッドジャーナリスト・清水美穂子さんの本人取材で、稲葉さんはその経緯を振り返っています。

    当時、稲葉さんはギャラリーで器に合わせた和菓子を作る活動をしていました。そこへ佐藤さんが立ち寄ったことから交流が始まり、佐藤さんが自宅で焼いたパンを振る舞ってくれるようになります。

    佐藤さんは、自作のパンの写真を使った作品も制作していました。
    白金のギャラリーで個展を開くことになり、そのオープニングパーティーに、パンと合わせる和菓子を作ってほしいと稲葉さんへ依頼したのです。
    この話を受けて菓子を考えたのが、もう一人の職人、浅野理生さんでした。

    最初に決まっていたのは、羊羹という形ではなく、佐藤さんのパンと一緒に食べるという場面だったとのことです。



    果物と木の実を、羊羹でつなぐ

    パンに合わせる和菓子として、何を作るか。
    浅野さんは、まずパンと相性のよさそうな和の素材を考えたそうです。

    餡とバター。金柑のペースト。味噌餡との組み合わせ。
    いくつか試すうちに、胡桃を使ったパンやレーズンパンがあるのだから、木の実や果物を中心にした菓子はどうだろうと考えたそうです。

    その素材を一つにまとめるために思いついたのが、羊羹でした。
    パテやテリーヌのように、果物と木の実を羊羹でつなぐ。
    2025年の取材でも浅野さんは、最初から羊羹に何かを入れようとしたのではなく、主役は木の実や果物だったと説明しています。

    商品名は「ドライフルーツの羊羹」ですが、開発時の発想をたどると、羊羹が先にあったわけではありません。

    パンに合う素材を考え、それらをまとめるために羊羹を選んだ。
    その試作から生まれた菓子は、後に店の代表作になります。

    現在、公式サイトに掲載されている商品の構成を見てみます。

    羊羹の部分には、北海道産小豆のこし餡と、西表島産の黒糖。
    中に入るのは、トルコ産のドライイチジク、苺、胡桃。そしてラム酒です。
    ラム酒は香りを付けるだけでなく、ドライフルーツを柔らかくし、羊羹との硬さや甘さのバランスを取るためにも使われています。
    黒糖とラム酒が、ともにサトウキビを原料とすることも、浅野さんが組み合わせを考えた理由の一つでした。

    見た目にも、浅野さんが思い描いていたものがあります。

    無花果の細かな種。雲のようにも見える胡桃の形。黒い羊羹の中に現れる、苺の赤。
    果実や胡桃を細かく刻まず、大きな形を残して使う。その選択によって、切るたびに違う断面が現れます。
    初めて作ったときには、羊羹用の専用型を買う余裕がなく、手元にあったパウンド型を使ったそうです。

    その羊羹は、佐藤さんの個展のオープニングで、佐藤さんのパン、岡山・吉田牧場のバターと一緒に提供されました。

    食べた人の中には、買いたいと言ってくれる人もいました。浅野さんは、その声が励みになったと振り返っています。

    のちに稲葉さんと独立するとき、この羊羹を店の看板商品に選びました。

    友人の個展のために作った菓子が、店の代表作になりました。


    羊羹のために、パンを焼く人もいる

    wagashi asobiの公式サイトは、この羊羹を約1cmの厚さに切る食べ方を勧めています。

    大きな無花果や胡桃を残しているため、厚く切ると硬く感じる場合がある。浅野さんは、2025年の取材でそう説明しています。
    素材の形を残すことは、食べるときの切り方にも関係していました。

    パンとの組み合わせも、最初の個展だけのものではありません。

    浅野さんは、薄く切ったバゲットにクリームチーズを塗り、その上に羊羹を載せる食べ方を紹介しています。

    初回の個展で合わせたのはバター。クリームチーズは、その後も作り手が提案している組み合わせです。
    この食べ方を、自分の暮らしの中で楽しんでいる人もいます。

    noteクリエイターのキナリサクラさんは、2023年の記事「パンのサブスクをやめました。」で、wagashi asobiの羊羹を、クリームチーズを塗ったパンと一緒に食べるのが好きだと綴っています。
    その組み合わせを食べたくて、バゲットを焼いたそうです。

    パンに合う菓子を頼まれて生まれた羊羹を、今度はパンを焼く理由にしている人がいる。

    一人の食べ手の経験ですが、最初の依頼から生まれた食べ方が、別の人の台所でどう受け取られたかが分かる記録です。

    もう一つ、現在の作り手が大切にしている食べ方があります。

    2025年の取材で浅野さんは、羊羹を小分けにせず、一棹で販売している理由を「誰かと和菓子」という考えと結びつけて説明しています。

    おすそ分けをしたり、誰かを誘って一緒に食べたり。そのきっかけになれば、という思いです。
    これは現在の販売の形についての説明であって、最初の個展のために作った時点から同じ意図があったと確認できるわけではありません。

    パンと食べること。誰かと切り分けること。
    羊羹が店の代表作になった後も、作り手は、その菓子をどんな場面で食べてもらうかを考えてきました。
    けれど、二人が独立するときに持っていた代表作は、この羊羹だけではありませんでした。


    もう一つの代表作は、ローズマリーの香りから

    もう一つは、稲葉さんの「ハーブのらくがん」です。

    浅野さんの羊羹が友人からの依頼で生まれたのに対し、稲葉さんの菓子は、ニューヨークで出会った香りから始まりました。

    和菓子職人として現地で働いていた頃、レストランで食べたグリルドチキンに、ローズマリーが添えられていました。
    その香りを、和菓子にも使えないだろうか。
    稲葉さんは乾燥させたローズマリーを粉にし、草餅や寒天を使った菓子などを試しました。
    そして、落雁に使ったときの仕上がりを気に入り、菓子の形が決まったといいます。

    最初から落雁を作ろうと考えていたわけではありませんでした。
    香りを生かせる菓子を探して、落雁にたどり着いたのです。

    落雁は、砂糖に米粉などを合わせ、型押しして作る干菓子です。
    wagashi asobiの公式サイトに残る商品説明によれば、「ハーブのらくがん」は、きめの細かい砂糖と寒梅粉に、ハーブや抹茶、果物などを練り込んだ菓子です。
    掲載されているのは、ローズマリー、ハイビスカス、カモミール、薔薇、抹茶、苺、柚子の七種類。
    商品名に「ハーブ」とありますが、すべてがハーブというわけではありません。

    素材そのものの色や香りを生かし、香料や着色料を使用しないという説明もあります。

    型にも、稲葉さんなりの工夫がありました。

    落雁には木型を使うこともありますが、稲葉さんはチョコレート用の型を使っています。

    独立当初は特注の木型を用意する資金が十分でなかったため、身近な型で代用した。その後も使い続けてきたと、過去の取材で語っています。

    香りを生かす菓子を探すことと、それを自分たちの条件で形にすること。
    羊羹とは違う入口から生まれた、もう一つの代表作でした。

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    浅野氏の羊羹は、パンに合う和菓子という依頼から。稲葉氏の落雁は、ローズマリーの香りとの出会いから。別々の入口から生まれた二つの菓子を、二人は独立時に代表作として持ち寄りました。[JKMF編集部作成]

    なお、「ハーブのらくがん」は、2026年9月23日の確認時点で、公式サイトに製造休止と案内されています。

    2016年と2021年にも、公式の販売・製造休止告知がありました。一方、今回の休止がいつ始まったのか、理由や再開予定は、確認できた公開資料からは分かりませんでした。

    二つの菓子が店の代表作として生まれながら、現在「ハーブのらくがん」が購入できないのは少し残念です。


    店ができる前から、wagashi asobiはあった

    二つの菓子を持って店を始めた二人ですが、wagashi asobiという活動そのものは、さらに前へさかのぼります。

    2025年の本人取材によれば、始まりは2008年ごろ。
    当時、和菓子職人として働いていた稲葉さんと浅野さんを含む四人が、仕事とは別に活動するユニットを作りました。

    茶会を開く。高齢者施設を訪ねる。アーティストと共同で菓子を作る。
    和菓子を介して、ふだんの仕事とは異なる場所や人と関わる活動でした。

    稲葉さんは、活動名が生まれた経緯も語っています。

    以前から「和菓子を作って遊んでいる」と人に説明していたところ、その言葉がwagashi asobiという名前になっていったそうです。
    商品や店の名前が先に決まっていたわけではありません。

    活動を続けるうちに、参加した人から菓子を買いたいという声が寄せられるようになります。企業などからの依頼も増え、勤務先での仕事と並行して続けることが難しくなっていきました。
    そこで、稲葉さんと浅野さんが独立を選びます。

    2011年4月のことでした。
    公式の2016年の告知にも、同年4月1日に5周年を迎えたと記されています。

    そのとき、二人にはそれぞれの代表作がありました。
    浅野さんには、佐藤奈々子さんの個展をきっかけに作った「ドライフルーツの羊羹」。
    稲葉さんには、ニューヨークで出会った香りから生まれた「ハーブのらくがん」。
    店を開いてから売る菓子を一から探したのではなく、すでに活動の中で生まれていた菓子を、店の看板にしたのです。


    二人の自信作を、一品ずつ

    独立した二人は、定番商品を次々に増やす道を選びませんでした。
    店の中心に据えたのは、それぞれが自信を持っていた羊羹と落雁です。

    2017年の取材で浅野さんは、地元の銘菓を育てたいという思いから、あえて二品に絞ったと説明しています。

    稲葉さんは、独立前は工場の中で菓子を作っていて、食べ手と直接触れ合う機会がなかったこと、店を持ってからはお客さんとやり取りできるのがうれしいと語っています。

    公式サイトにも、二つの代表作を中心に据えることで商品の管理と品質向上に取り組み、地元の手土産として親しまれる菓子に育てたいという方針が記されています。

    浅野さんの羊羹と、稲葉さんの落雁。
    二つという数だけでなく、一人ひとりが、店を持つ前から作ってきた菓子だったことが、この店の成立を考えるうえで大切です。

    店を始めるには、菓子以外にも決めなければならないことがあります。

    例えば、羊羹の包装です。

    2025年の取材で二人は、開業当初、包材を大量に買う予算も、保管する場所も十分になかったと振り返っています。
    羊羹の包装に使う木の板は、魚屋の値札用の板から着想したものです。
    見た目だけでなく、費用や作業量、保管のしやすさも考えながら、菓子を商品として届ける形を整えていきました。

    2025年の取材で稲葉さんが語ったのも、自分たちの手と目が届き、管理できる範囲で仕事を続けるという考えでした。

    多店舗展開よりも、今の姿勢で営業を長く続けたいと話しています。
    ただし、wagashi asobiが二品以外の菓子を一切作らなかったわけではありません。2022年の公式価格改定告知には、要予約の「勝最中」も記されています。

    二人が定番の中心に据えたのは、それぞれの代表作を育てる仕事でした。


    店を始めても、続いていた仕事

    二つの代表作を育てる店になっても、wagashi asobiの活動が、菓子の製造と販売だけになったわけではありません。
    公式サイトは、商店街の和菓子店としての活動と、さまざまな分野の人と和菓子を介して関わる職人としての活動を、分けて紹介しています。

    佐藤奈々子さんとの出会いも、稲葉さんがギャラリーで和菓子を作っていたことから始まりました。

    誰かの作品に合わせて菓子を考えること。別の分野の人と一緒に作ること。
    そうした活動は、店ができる前からwagashi asobiにありました。

    2016年には、二人の仕事への考えや経験を伝える著書『わがしごと』が刊行されました。
    公式の刊行告知には、和菓子職人だけでなく、独立を考える人や仕事に悩む人にも、自分たちの経験や気づきを役立ててほしいという思いが記されています。

    商品を作って売るだけではなく、自分たちが経験してきたことを外へ渡す。そうした仕事も、店を持った後のwagashi asobiに残っていました。


    店ができた後も、続いていくこと

    2025年、稲葉さんは、今の姿勢で、できるだけ長く店を続けたいと話しています。
    そのうえで語ったのは、ほかの和菓子職人が独立するときに、自分たちの経験を役立てられたら、ということでした。浅野さんも、その考えに応じています。

    店を持つ前から、二人の仕事には、菓子の向こうに人との関わりがありました。
    佐藤奈々子さんの個展では、佐藤さんが焼いたパンに合わせて、浅野さんが羊羹を作った。
    その羊羹を知ったキナリサクラさんは、今度は羊羹に合わせるために、自分でバゲットを焼いています。

    最初は、誰かのパンに合わせるために生まれた羊羹でした。
    今は、その羊羹に合わせて、別の誰かがパンを焼いている。
    店ができる前に始まった、和菓子を介して人と関わる仕事は、店を持った後も、形を変えながら続いています。


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