メインコンテンツへスキップ
見出し画像

「私を支えてくれている人は誰?」……ほんとにそう?【ハッピーライティングマラソン #63】

    こんにちは。

    ゆきよちゃんです🌿

    今週も、ハッピーライティングマラソンのお題に参加します。

    今回のお題は、


    あなたを支えてくれている人は、誰ですか?

    でした。

    家族かな。

    子どもたちかな。

    友達かな。

    これまで出会ってきた人たちかな。

    そう考えると、たくさんの人の顔が浮かびます。

    私はこれまで、本当にたくさんの人に支えてもらってきました。

    今も、たくさんの人に支えてもらっています。

    でも、少し考えてみたら、

    ふと、

    「私を支えてくれているのは、私自身なのかもしれない」

    と思ったんです。


    🌿 私を支えてくれているのは、私自身

    以前の私は、

    誰かに認めてもらえれば安心する。

    誰かに必要とされれば安心する。

    誰かに「それでいいよ」と言ってもらえれば安心する。

    そんなふうに、自分の安心を外側に求めていたように思います。

    だから、

    「どうしたら認めてもらえるんだろう?」

    「どうしたら正解なんだろう?」

    と、いつも誰かの答えを探していました。

    でも今は、少し違います。

    迷ったとき、

    「私はどう感じている?」

    と、自分に聞いてみる。

    違和感があったら、

    「ほんとにそう?」

    と立ち止まる。

    そして、自分で考えて、自分で選ぶ。

    もちろん、誰かの意見を聞くこともあります。

    助けてもらうこともあります。

    誰かの言葉に救われることもあります。

    でも最後に、

    私の人生を一緒に生きるのは、

    私自身です。

    そう思えるようになってから、

    以前よりもずっと、自分のことを頼れるようになりました。


    🌿 「自分軸」って、何だろう?

    今日、私の記事にこんなコメントをいただきました。

    「自分軸で生きましょう」と言わないところが、ゆきよちゃんの優しさを感じます😊

     自分軸さえ「そうしなきゃ」に変わってしまったら、苦しいですものね。

    読んで、

    本当にそうだなぁ。

    と思いました。

    「自分軸を持たなきゃ。」

    「人に合わせちゃいけない。」

    「自分の意見を言わなきゃ。」

    「ブレない自分にならなきゃ。」

    そんなふうに、

    「自分軸」という言葉そのものが、

    新しい「こうあるべき」になってしまったら、

    ちょっと不思議ですよね。

    私は返信を書きながら、

    改めて「自分軸」について考えました。

    人は育ってきた経験や環境の中で、

    いろんなことを学びます。

    親から受け取った価値観。

    学校や社会から教えられたこと。

    これまでの経験から身につけた考え方。

    それらは、私たちを守ってくれたものでもあります。

    でも、いつの間にか無意識に、

    「こうあるべき」

    「こうしなきゃ」

    と思い込んでしまっていることも、

    あまりにも多い気がするんです。

    だから私は、

    自分軸は、頑張って作るものではないのかもしれない

    と思っています。

    無意識の思い込みを少しずつ手放していくと、

    いつの間にか、

    自分自身の本心と一致していく。

    自分の違和感を、

    自分でちゃんと感じ取れるようになる。

    それが、

    「自分軸になる」

    ということなのかなって。


    🌿 心に傷がついたまま、自分軸を作っても

    返信を書きながら、

    もう一つ、こんなことを思いました。

    心に傷がついたまま、それを絆創膏で塞いで「自分軸になった」と思っていても、それは本来の自分ではないんですよね。

    傷を隠して、

    「私は大丈夫」

    「私はブレない」

    「私は人に左右されない」

    という自分を作ることと、

    自分の心と対話して、

    本当の気持ちに気づいていくことは、

    同じではないと思うんです。

    だから、

    まずは自分の心に気づく。

    「私は今、何を感じている?」

    「本当はどうしたい?」

    「これは本当に私が望んでいること?」

    そうやって、

    自分自身との対話を重ねていく。

    その先に、

    自然と自分軸が見えてくるのではないかなと思っています。


    🌿 私がセラピストを学んだきっかけ

    実は以前、

    私はかなり高い授業料を払って、

    セラピストについて学んだことがあります。

    でも、

    私がそこに興味を持ったきっかけは、

    「自分を変えたい」と思っていたからではありませんでした。

    むしろ、その逆だったんです。

    私はその頃、

    自分自身と向き合う中で、

    少しずつ自分を愛し、

    自分を許せるようになっていました。

    自分の中にあったものに気づいて、

    「ああ、私はずっとこう感じていたんだ」

    と腑に落ちていく。

    そんな体験をしていたんです。

    だから、

    「自分と向き合うことで、こんなふうに変わっていくんだ」

    ということを、

    自分自身の体験として知っていました。

    そんなとき、

    陰陽統合のセミナーを受ける機会がありました。

    そこで、

    「私と同じことを分かっている人がいるんだ」

    と思ったんです。

    だからこそ、

    もっと知りたいと思いました。

    その先生は、

    これまで何千人もの人を見てきたそうです。

    その中で、

    先生に出会う前に自己統合していた人は2人。

    そのうちの1人が私だったと聞きました。

    もう1人の方も、

    その後セラピスト講座には申し込まなかったそうです。

    だから私は、

    「この人なら、私が体験したことを分かっているかもしれない」

    と思ったんです。

    ところが、

    実際に学んで、

    実際にセッションをしてみると、

    だんだん、

    私の中に強い違和感が生まれてきました。

    「あれ?」

    と思ったんです。


    🌿 「ブロックを外す」だけで、本当にいいのかな?

    もちろん、

    その方法そのものを否定したいわけではありません。

    必要としている人もいると思います。

    ただ、

    私にはどうしても気になることがありました。

    筋肉反射を使って、

    ブロックが入っているかを確認する。

    そして、

    目の前の人に、

    「私は自分を愛し、許しています」

    という言葉を使って、

    ブロックを外していく。

    それを見ながら、

    私は思っていました。

    「これで本当にいいのかな?」

    私が自分自身との対話を通して、

    時間をかけて腑に落としてきたことを、

    こちらから「ブロック」として見つけて、

    外してしまう。

    それで、

    本当にその人自身のものになるのかな?

    と思ったんです。

    その人が、

    なぜ自分を愛せないと思うようになったのか。

    なぜ自分を許せないと思うようになったのか。

    なぜ、そんなふうに自分を捉えるようになったのか。

    そこには、

    その人なりの経験や理由があるはずです。

    なぜ、

    自分を愛せなくなったんだろう。

    いつから、

    そう思うようになったんだろう。

    そのとき、

    何があったんだろう。

    そして、

    その考え方は、

    その人を何から守っていたんだろう。

    そこまで本人が自分の心と対話して、

    「ああ、だから私はそう思っていたんだ」

    と腑に落ちる。

    私は、

    そこに大切なものがあると思っていました。

    だから、

    ただブロックを外すことが、

    私にはどうしても腑に落ちなかった。

    むしろ、

    自分自身で気づくための時間を、

    私が先回りして奪ってしまうように感じたんです。

    そして、

    私は思いました。

    「私は、その人に必要な体験を奪うことで、勝手に人生を変えることはしたくないんだ」

    その人が、

    自分で感じて、

    自分で考えて、

    自分で気づいて、

    自分で選ぶ。

    その過程そのものが、

    その人の人生に必要な体験なのかもしれない。

    私は、

    その人の人生を、

    私の手で勝手に変えてしまいたくなかったんです。


    🌿 ここからは少し裏話(笑)

    実は、

    セラピストを学んだものの、

    結局セラピーをしたのは3人くらいでした。

    高い授業料を払ったのに(笑)。

    でも、

    実際にやってみたからこそ、

    「私は何を大切にして、人と関わりたいのか」

    が分かったのだと思います。

    今振り返ると、

    あのとき感じた違和感は、

    今の私が「ほんとにそう?」を届ける原点の一つだったのかもしれません。


    🌿 絆創膏や湿布を貼るだけではなく

    心に傷があるとき、

    そこに絆創膏を貼る。

    痛いところに湿布を貼る。

    一時的に楽になることはあるかもしれません。

    でも、

    「なぜ、ここが痛いんだろう?」

    と自分の心と対話しなければ、

    また同じようなところで苦しくなることもある。

    私は、そんなふうに感じました。

    だから、

    人の心を私が「変えてあげる」ということに、

    どこかおこがましさを感じるようになったんです。

    その人の人生は、その人のもの。

    その人の心も、その人のもの。

    私が答えを決めるものではない。

    その人の代わりに、

    「あなたのブロックはこれです」

    と決めるものでもない。

    私にできることは、

    その人自身が、

    自分の心に気づいていくための

    問いを置くこと。

    それなら、私にもできる。

    そう思うようになりました。


    🌿 だから私は「ほんとにそう?」と問いかける

    「もっと頑張らなきゃ。」

    ほんとにそう?

    「嫌われちゃいけない。」

    ほんとにそう?

    「私は価値がない。」

    ほんとにそう?

    「幸せにならなきゃ。」

    ほんとにそう?

    答えを私が教えるのではなく、

    一度、自分に聞いてみる。

    すると、

    「これは本当に私の気持ち?」

    「これは親から受け取ったものじゃない?」

    「昔の私には必要だったけど、今の私にも必要?」

    そんなことが見えてくることがあります。

    今まで「自分」だと思っていたものの中に、

    たくさんの「こうあるべき」が混ざっていたことに気づく。

    だから私は、

    「ほんとにそう?」は、自分を否定するための問いではなく、自分に戻るための問い

    なのだと思っています。


    🌿 noteを書くことも、私にとって自己対話

    最近、

    noteを書くこと自体が、

    私にとって大きな自己対話になっていることにも気づきました。

    記事を書くために、

    過去の出来事を思い出す。

    「あのとき、私は何を感じていたんだろう?」

    「本当は、どうしたかったんだろう?」

    「なぜ、あんなに苦しかったんだろう?」

    そんなことを、

    もう一度自分に問いかける。

    すると、

    書き始めたときには分からなかったことが、

    文章を書いているうちに、

    「ああ、そういうことだったのか」

    と腑に落ちることがあります。

    そして、

    記事を読んでくださった方からコメントをいただく。

    その言葉を読んで、

    「なるほど」

    と思ったり、

    「私はこう考えていたんだ」

    と、自分の考えに気づいたりする。

    今日もまさに、

    いただいたコメントから、

    私自身の考えがまた一つ深まりました。

    だからnoteは、

    誰かに何かを伝える場所であると同時に、

    私自身が、自分と対話する場所

    にもなっています。


    🌿 自分との対話が深まると、愛の見え方も変わった

    私は以前、

    「愛されたい」

    と思っていました。

    誰かに愛してもらえれば、

    自分には価値があると思える。

    誰かに必要とされれば、

    安心できる。

    でも、

    自分との対話を重ねる中で、

    少しずつ考え方が変わっていきました。

    もしかしたら、

    愛は、

    誰かに与えてもらって、

    初めて自分の中に生まれるものではないのかもしれない。

    最初から自分の内側にあったものに、気づいていく。

    そんなものなのかもしれない。

    自分を大切にする。

    自分の気持ちを聴く。

    自分を責めすぎない。

    苦しいときに、

    「大丈夫?」

    と自分に声をかけてあげる。

    それは、

    自分を甘やかすことではなく、

    自分との関係を育てること

    なのかもしれません。


    🌿 私が私の味方でいる

    もちろん、

    これからも私は、

    たくさんの人に支えてもらうと思います。

    子どもたちにも。

    友達にも。

    出会ってきた人たちにも。

    noteを読んでくださる皆さんにも。

    本当に感謝しています。

    でも、

    誰かに支えてもらうことと、

    自分で自分を支えることは、

    両立するんですよね。

    誰かに頼ってもいい。

    助けてもらってもいい。

    一人で頑張らなくてもいい。

    そのうえで、

    私は私の味方でいる。

    それが、

    今の私にとっての

    「自分軸」なのかもしれません。

    失敗したら、

    「じゃあ、どうする?」

    迷ったら、

    「本当はどうしたい?」

    苦しくなったら、

    「何が嫌だった?」

    と、

    自分に聞いてあげる。

    自分を置き去りにしない。

    それだけでも、

    少しずつ自分との関係は変わっていくのだと思います。


    🌿 あなたを支えてくれている人は、誰ですか?

    今回のお題をきっかけに、

    「私を支えてくれている人は誰だろう?」

    と考えてみました。

    最初は、

    たくさんの人の顔が浮かびました。

    でも、

    最後に出てきた答えは、

    「私自身」

    でした。

    誰かがいなくても大丈夫、

    という意味ではありません。

    私はたくさんの人に支えてもらってきたし、

    これからも支えてもらいたい。

    でも、

    最後に私の人生を生きるのは、

    私自身。

    だから、

    これからも、

    私が私の一番近くにいたい。

    自分の本当の声を、

    ちゃんと聞いてあげたい。

    そして、

    自分に正直に生きたい。

    それが、

    私にとっての

    「自分軸と一致して生きる」

    ということなのだと思います。


    🌿 「自分軸を作らなきゃ」って、ほんとにそう?

    もし今、

    「自分軸を作らなきゃ」

    と思っている人がいたら、

    一度だけ、

    こんなふうに問いかけてみてください。

    「自分軸を作らなきゃって、ほんとにそう?」

    もしかしたら、

    作る必要なんてなくて、

    ただ、

    自分の中にあるものに

    気づいていけばいいのかもしれません。

    「私は本当はどうしたい?」

    「私は今、何を感じている?」

    「これは本当に私が望んでいること?」

    そんな小さな自己対話を重ねていく。

    その先で、

    自分に正直に生きられるようになる。

    そして、

    自分の中にあった愛にも気づいていく。

    私は、

    そんなふうに、

    自分自身に戻っていくための小さな問い

    を届けたいと思っています。

    誰かの答えを渡すのではなく、

    その人自身が、

    自分の答えに気づいていけるように。

    それが、

    私が「ほんとにそう?」を届けている理由です。

    今日も、

    自分に問いかけてみよう。

    「ほんとにそう?」 🌿


    🌿 あなたは、誰に支えられていますか?

    今回のお題を読んで、

    最初に思い浮かんだ人は誰でしたか?

    そしてもし、

    少し考えてみて、

    「私自身かもしれない」

    と思った方がいたら、

    その理由も聞いてみたいです。

    あなたの言葉が、

    また誰かの自己対話のきっかけになるかもしれません🌿


    🌿 ゆきよちゃんについて

    ここまで読んでくださって、

    「ゆきよちゃんって、どんな人なんだろう?」

    と思ってくださった方へ。

    私がなぜ、

    「ほんとにそう?」

    という問いを届けるようになったのか。

    これまでどんな人生を歩いてきたのか。

    そして、

    なぜ今、

    「答えを渡す」のではなく、

    「自分自身に気づいていくための問い」を届けているのか。

    私自身のことを、プロフィール記事にまとめています。

    よかったら、こちらも読んでみてください🌿

    👉 ゆきよちゃん|「ほんとにそう?」を届ける人

    あなたが、

    自分自身に戻っていくための、

    小さなきっかけになりますように。

    #ハッピーライティングマラソン
    #本田健
    #ほんとにそう
    #自己対話
    #自分軸
    #自己理解
    #心の整理
    #生きづらさ
    #安心
    #ゆきよちゃん

    あなたへのおすすめ