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🌿 静かな森のほとり #2|立ち止まっている時間の中では、何が起きているんだろう。(2228文字です)


    『感覚の翻訳ノート』、久しぶりになりました🌿

    前回の記事を書いてから、少し時間が空きました。

    その間の私は、いろいろなことに夢中になっていました。

    人の言葉を受け取り、そこにあるものを一緒に探してみる。
    何度も読み返しながら、感じたことを言葉にして届ける。

    どれも、やりたくないことではありませんでした。

    むしろ、やりたいことでした。

    大切にしたかったし、ちゃんと届けたかった。

    だからこそ、気づきにくかったのだと思います。

    いつの間にか私は、自分の感覚よりも「届けること」を先にして、自分を置いていくような選択を少しずつ重ねていました。

    深く潜れることと、深く潜り続けられることは、どうやら同じではなかったようです。


    🌿 立ち止まって、見えてきたもの

    そして私は、いったん立ち止まりました。

    最初はただ、

    「動けなくなってしまった。」

    そんなふうにも感じていました。

    けれど、すぐにまた走り出すのではなく、
    少し離れたところから、
    それまでの自分を眺める時間ができました。

    その中で大きかったのが、
    信頼している人とランチをしながら、
    今のことを話してみたことでした。

    思っていた以上に突っ込んで話してもらったり、
    身近な人からも率直な言葉をもらったり。

    自分の中だけで考えていたときには
    気づかなかったことが、
    外からの視点を借りることで、
    少し違って見えてきました。

    「あれ?
    そもそも、この続け方には
    無理があったのかもしれない。」

    やりたい気持ちはある。
    大切にしたいものもある。

    でも、一つひとつに、
    思っていた以上のエネルギーを使っていました。

    たとえるなら、
    ちょっと『幽☆遊☆白書』の霊丸みたいな感じでしょうか。

    撃てるからといって、何発も撃てるわけではない。

    私はどうやら、
    「撃てるじゃん」と思って、
    連発しすぎていたようです。

    そして私には、
    撃ったあとの回復時間も必要だったようです。

    立ち止まる前は、

    「どうすれば、すべてをこなしていけるだろう。」

    と考えていたように思います。

    でも今は、

    「どうしたら、自分を置いていかずに続けられるだろう。」

    そんなふうに、
    問いそのものが少し変わりました。

    急がなくてもいい。
    一つ進んだら、ちゃんと休む。

    無理を重ねて動けなくなってしまうより、
    そのほうが、ずっと遠くまで歩いていける気がしています。

    もしかすると私が探していたのは、

    自分も一緒に連れていける続け方だったのかもしれません。


    🌿 少し離れた場所から、自分を眺める

    心理学には、セルフ・ディスタンシング(自己距離化)という考え方があります。


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    自分の感情や経験の渦中にいる視点だけではなく、少し距離をとったところから、自分自身を眺めてみるというものです。

    そうすることで、経験を違う角度から捉え直せることがあると考えられています。

    今回、この考え方を知って、
    「あぁ、私にも少し似たことが起きていたのかもしれない。」
    と思いました。

    立ち止まったから、何か特別な答えが見つかったわけではありません。

    ただ、渦中から少し離れたことで、

    「あぁ、私、ずいぶん自分を置いて走っていたんだな。」

    そんな自分の姿が、ようやく見えたような気がします。


    🌿 止まっているように見える時間にも

    立ち止まることが、
    いつも何かを教えてくれるとは限りません。

    止まることが苦しい日もあるし、
    何も見つからない時間だって、
    きっとあると思います。

    それでも私は今回、
    動いていないように見えた時間の中で、
    少しずつ気づいたことがありました。

    もしかすると私は、
    ただ止まっていたのではなく、

    自分の声が聞こえるところまで、
    少しずつ戻ってきていたのかもしれません。

    そう思うと、
    あの時間の見え方が、
    ほんの少し変わる気がするのです。


    🌿 久しぶりに、この森へ

    今回、久しぶりにこのシリーズを書きながら、
    あらためて思ったことがあります。

    私は、
    人の内側にある景色を、一緒に眺めたい。

    自分自身の体験だったり、
    誰かの言葉や体験に触れて、
    ふと心に残ったことだったり。

    「私は本当は、どう感じているんだろう。」
    「この気持ちの奥には、何があるんだろう。」

    そんな問いのそばで、
    まだ言葉になっていない感覚を、
    少しずつ言葉にしてみる。

    ときには、心理学の言葉が
    小さなヒントになることもあるかもしれません。

    そうやって、いろいろな心の景色を眺めながら、

    「あぁ、私はこんなふうに感じていたのかもしれない。」

    と、自分の感覚に出会えるような時間を、
    この森で一緒に過ごしていけたらと思っています🌿



    🌿 今日の響き


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    もし今、
    なかなか前へ進めないと感じているなら。

    すぐに、その時間の意味を
    見つけなくてもいいのかもしれません。

    ただ、ときどき。
    少し離れたところから、

    「今の私は、どんな景色の中にいるんだろう。」

    そんなふうに、
    自分の内側を眺めてみる。

    そこから何が見えるのかは、
    そのときになってみないと分かりません。

    ただ、その問いを持つことも、
    自分を置いていかないための
    小さな時間なのかもしれません。



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    🌿 小さなお知らせ

    「感覚をことばにする往復便」と「響きの処方」は、現在もお休みしています🌿

    どちらも大切にしているものですが、再開を考えると、今はまだ少し胸がギュッとなる感覚があります。

    ここでも自分を置いていかずに。
    今の気持ちや感覚に耳を傾けながら、再開についてはゆっくり考えていこうと思います☺️🌿



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    まだ言葉になっていない感覚や、自分でも気づいていなかった輪郭を、ことばに。 今は心身のペースを大切にしながら、自分自身や家族との暮らしを中心に過ごしています☺️🌿 noteでの発信や交流は、無理のない範囲で。 ときどき、ふらりと立ち寄っています🐢💕

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