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爺さんの一瞬の恋が命を繋げた話。

    今日は病院で繰り広げられている小話編です。

    ある日、救急でもうすぐ100歳になろうかという爺さんが運ばれてきた。
    重症肺炎で、心不全も悪化。ガリガリに痩せてしまって、
    手足が暗赤色、チアノーゼ。

    痰がからんで上手く話せず、
    痰の出し方も忘れてしまったようです。

    吸引しようとするとブンブン手が飛んでくる。
    全くできない。ホントに危ない。
    こういう時だけ、全力の底時からがでるんですよね。

    危なくてする方も冷や冷やなのです。


    モニター装着しても酸素飽和度が取れず、
    無駄に大きな音のアラームが鳴り響いている。

    何かを訴えているが、何を言ってるのかわからない。
    何度も聞き返すが、首を横に振る、振る、振る。

    「ごめんね~。」なんて声をかけながら、
    こちらも容赦なくチューブを突っ込む。。。


    見るからにもって数日か、、、
    歳も歳だし、もう帰れないんじゃないかと思いつつ、
    一通りの検査や処置を済ませ、ひとまず病棟へ入院となったーーー。

    それから数日・・・
    ふと気になって、カルテを拝見。


    ~カルテの記録~
    吸引しようとすると、「もうやめて!!いやや・・・」
    と首を振るため、吸引できず。


    私の心の声:(うんうん、吸引されるのしんどいよね、いくつになっても嫌よね、でも大事なことやから頑張って!!)

    いやや・・・。・・・ちゅう。

    私の心の声(いやよね、ほんと。ちゅう?なに?注射??)


    と言いながら、キスして欲しいと口をすぼめている。

    私の心の声(看護師さんに、キスねだったんかい!!(笑))

    数日で死んでしまいそうなくらい、
    死相が出てたぐらいだったのに、
    キスをねだるくらい元気になったのか。

    そっか・・・よかった・・・。

    と思うと、いくつになっても淡い恋するエネルギーは
    生きる意欲をすら与えてしまう。年齢関係なく。

    きっと高齢、体調が優れないと自宅で引きこもりのような生活をしていて、
    病院に来てみたら、若い看護師さんがアレコレしてくれて、
    嬉しかったんだろう。


    誰かの頑張りを見て、それが自分に向いていて感動したとき、
    自分の中の“生きる力”がもう一度目を覚ました。

    自分の中のエネルギー源を再起動させているんだと思えたのです。

    人との関わりで元気をもらえるのは、
    「生命が生命に触れる瞬間」だからです。

    誰かが笑う。
    誰かがうなずく。
    その“生きている”という波動が、もう一人の生命を揺らす。
    私たちはその震えの中で、「ああ、生きてるんだ」と感じるのです。

    だから、元気をもらえる関係とは、
    「お互いの“生きる力”が響き合う関係」。

    無理に明るく振る舞う必要も、励ます必要もない。

    ただ素直に“そこにいる”だけで、お互いが満たされる。

    そんな関係こそが、人生の中で最も大切な栄養なのですね。


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