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「好きなこと」と「続けられること」は違う。継続が得意な私の話。

    短編note


    私は、人生を自分自身のレベル上げだと考えている。

    今日の経験が、明日の自分を少しだけ変える。たとえ目には見えなくても、積み重ねたものは確かに自分の中に残っていく。

    では、何を積み重ねるかは、どうやって決めればいいのだろう。

    私は、自分の強みを「継続力」だと思っている。

    高校を卒業する頃から始めた日記は、23歳になった今も続いている。
    (2020年4月から初めたので、ザッと6年と6ヶ月ほど。)
    我ながらすごい数字だ。何より高校生の頃からスマホを買い替えてないと言うところにも驚きを隠せない。(早く変えたい…笑

    昨年の4月から始めた筋トレも、食事に気を配りながら続けてきた。ランニングも習慣になりつつあり、noteも気づけば4か月ほど書き続けている。

    自分で言うのもなんだが、なかなか継続できる人間ではないだろうか。

    しかし、そんな私にも続かなかった挑戦が山ほどある。

    音楽制作、YouTube、グッズ販売。どれも始めた頃は夢中だったし、将来の可能性に胸を躍らせていた。それなのに、今ではどれも活動を止めている。

    嫌いになったわけではない。むしろ、今でも好きだ。

    ただ、その先に続く道のりが、あまりにも途方もなく感じられたのかもしれない。

    好きなことなら続けられる。

    私はどこかで、そう思っていた。
    けれど、自分の過去を振り返ってみると、どうやらそう単純な話でもなかったらしい。


    ① 私が継続できるものには、共通点があった。

    なぜ、好きだったことを辞めた一方で、日記や筋トレは続けられているのだろう。

    考えてみると、私が継続できているものには、いくつかの共通点があった。

    まず、始めるまでの負担が小さいこと。

    日記や家計簿は、スマートフォンを開けば数分で終わる。特別な準備も必要ないし、誰かと予定を合わせる必要もない。

    そして、何より大きいのが、自分の意思で完結できることだった。

    筋トレをすれば、自分の身体に刺激が残る。読書をすれば、新しい知識や考え方に出会える。noteを書けば、自分の思考が文章として残っていく。

    誰かに褒められなくても、誰かに認められなくても、その行為には私なりの価値がある。

    実際、少し前まで私のnoteは、スキが0や2という記事も珍しくなかった。それでも書くことを辞めなかったのは、読者からの評価とは別に、私自身が書く意味を感じていたからだ。

    一方、動画編集は少し違った。

    編集すること自体は楽しかった。しかし、上達している実感がなく、目指すものも曖昧になっていった。作品を作っても、自分が求めている成果にはなかなか繋がらない。

    いつの間にか、楽しかったはずの作業が面倒になっていた。

    もちろん、これらが私の継続を左右するすべての条件だとは思わない。ただ、少なくとも私には、行為そのものの楽しさに加えて、自分の中に何かが積み重なっているという実感が必要なのだろう。

    私の継続は、他人ではなく、自分に矢印が向いている。

    そのことに、今さらながら気がついた。


    ② 継続することで、私は自分を知ってきた。

    ところで、私は毎日日記を書くことに、特別な達成感を抱いているわけではない。

    なぜなら、もう当たり前だからだ。

    食事をして、歯を磨いて、お風呂に入って、眠る。それと同じように、日記を書くことが私の生活の一部になっている。

    もちろん、旅行などで普段と違う生活をしていれば、書き忘れることもある。最初の頃なんて、書いていない日の方が目立つ時期もあった。

    それでも、二日ほど経ってから当時の出来事を振り返り、文章に残すことができる。

    何年も日記を書いてきたことで、出来事を振り返る習慣そのものが身についたのだと思う。

    私は、このことに継続の面白さを感じている。

    何かを続けているつもりが、いつの間にか自分自身が変わっている。

    今年の2月頃からは、自分の考え方を鍛えることにも力を入れてきた。読書をして、考えて、文章にして、また考える。

    そうした積み重ねの中で、自己理解だけでなく、他人の考え方や価値観にも目を向けるようになった。

    以前の私は、自分の正しさに固執することが多かった。意見が違えば対立し、自分の考えを守ることに必死だったように思う。

    しかし最近は、自分の間違いを認めたり、相手の立場から物事を考えたりすることが、以前より自然にできるようになってきた。

    人との接し方も少しずつ変わった。

    新しい能力を手に入れたというより、もともと自分の中にあったものを、ようやく使えるようになってきた感覚に近い。

    たった一日で人間が劇的に変わることは、そうそうない。

    それでも、昨日の自分と今日の自分を比べるのではなく、数年前の自分と今の自分を比べれば、確かに違いがある。

    私は、これこそが継続の力なのだと思う。


    ③ 好きなことを、すべて続ける必要はない。

    私はこれからも、新しいことに興味を持つだろう。

    何者かになりたいと夢を語り、勢いよく挑戦を始める。そして、数週間後には別のものに夢中になっているかもしれない。

    まったく、忙しい人間である。(田舎育ちのホリエモンかてっ

    ただ、以前と違うのは、すべてを続けようとは思わなくなったことだ。

    音楽制作も、YouTubeも、グッズ販売も、始めたことを後悔していない。好きだったことにも嘘はないし、そこで得た経験まで消えるわけではない。

    それでも私は、いくつもの挑戦を抱えるより、自分が本当に積み重ねたいものに時間を使うことを選んだ。

    そして、辞めたことに悔しさはなかった。

    むしろ、今も続けられているものがあるからこそ、自分の継続力に自信を持てているのだと思う。

    もちろん、好きなことを仕事にしたり、大きな成果を出したりするには、楽しいことばかりでは済まないだろう。自分の意思だけでは完結しない挑戦もある。

    だから、続けやすいものだけを選べばいい、と言いたいわけではない。

    ただ、何かを始める前に、自分が何を好きで、何に価値を感じ、どんなときに続けられるのかを知っておくことには意味があると思う。

    私は継続力が強みだ。

    でも、それは何でも続けられるという意味ではなかった。

    継続することで自分を知り、自分を知ることで、次に何を継続するかを選べるようになる。

    私にとって、継続とはそういうものなのかもしれない。

    人生をRPGに例えるなら、私はまだまだ育成途中のキャラクターだ。知力も体力も人間性も、上げたいステータスはいくらでもある。

    だからこそ、これからも自分なりの方法で、少しずつレベルを上げていきたい。

     
     
    23歳 基本的には思索、日々の気づき、挑戦、読書、時にはどうでもいいことを書きます。 考えたことや忘れたくないことをジャンルに縛られず残していく私の保管庫です。 私自身が経験し、悩み、考えてきたことの中から、誰かの役に立てるものを選んで届けます。

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