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『ジャーナリストの条件』を読む(上)~調査報道、記者クラブ、コラボレーションについて

    「ジャーナリズム研究会」は2026年5月と7月、『ジャーナリストの条件』の輪読会を開催しました。その時の議論に若干の補足をしてお届けします。

    学生A
    今回の「ジャーナリズム研究会」は、皆さんと一緒に読んだ『ジャーナリストの条件 時代を超える10の原則』(新潮社、ビル・コバッチ、トム・ローゼンスティール著、原題”The Elements of Journalism”)を素材に二回に分けて話し合いたいと思います。

    なぜ、この本を選んだのか、簡単にお話します。

    「ジャーナリズム研究会」ができて、最初に読んだ本のひとつが、邦訳タイトルは違うのですが同じ著者による『ジャーナリズムの原則』(日本経済評論社)という本でした。

    これは” The Elements of Journalism”の初版本(2001年)の翻訳でした。

    その後、この本は版を重ねます。2021年には第4版が発刊され、2年ほど前に日本でタイトルを変えて新たな翻訳本として出版されました。

    それがきょう取り上げる本です。

    以前に読んだ初版本は、西村陽一先生から、アメリカでのジャーナリズムの古典として紹介いただき、輪読本のひとつに選んだのですが、その後、トランプ政権の誕生をはじめとする新しい国際情勢に加えて、SNSをめぐるネット言論空間の混乱や分断、既存のメディアのエコシステムの弱体化、プラットフォーマーの巨大化とその権力の拡大、生成AIのジャーナリズムへの影響といった現象がつぎつぎに現れました。

    それらを反映して書かれたのがこの第4版になっています。

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    監視犬の対象は?

    大学院生B
    私は、「ジャーナリズムは、力あるものの監視役を務めなければならない」
    という原則についての章を読みました。

    ここでは調査報道について、「独自調査報道」(それまで知られていなかった行為について自分たちでネタを見つけ出して書く)「解釈型調査報道」(古典的な暴くタイプの報道よりも複雑なテーマを取り上げ、いくつもの事実を組み合わせて解釈し、全体の背景を照らす)「調査・捜査を伝える調査報道」(公的な調査・捜査の情報について探り出したり、リークを得たりして展開する)の三つの類型が紹介されています。

    もちろん、すべてがこのように単純に分けられるわけではなくて、たとえば、ウォーターゲート事件報道では、ワシントンポストの記者たちは、独自の調査に取り組みながら、政府の捜査官とも接触していたわけです。

    こんな風にいろいろなパタンの調査報道がありますが、いずれにしても共通する目的は「力あるものを監視する」ということです。

    ならば、ここで出てくる問いとは、「力あるもの」というのはいったいだれなのか、ということです。

    私が注目したのは、二人の筆者が「政府を見張るだけにとどまらない」と言い切っているところでした。

    とくに次のくだりです。

    監視犬の原則は、単に政府を見張るだけにとどまらない。
    社会で力を持つ組織、政府系、非政府系、営利団体、人々の生活に影響する役割を担う全てのものに及ぶ。
    今はもちろん、プラットフォーマー企業──時にはジャーナリズムを支援するとの姿勢を示し、助成金などジャーナリズム機関と金銭的パートナーになる仕組みを創設している──も含まれる

    このくだりに、著者の問題意識が強くにじみ出ているなという印象を持ちました。

    とくにいまの時代は、調査報道の監視の対象が、メディアに助成金を出しているプラットフォーマー企業にも及んでいる、というところがポイントなのかなと思いました。

    ウォーターゲート報道のネタ元

    西村陽一氏(朝日新聞の米ロ特派員、編集局長、常務取締役、ハフポストジャパン代表取締役、東京大学大学院客員教授など歴任)

    まず、Bさんが挙げたウォーターゲート事件について少しだけ補足します。

    これは、ピュリツァー賞に調査報道部門が設けられてから8年後に、ワシントン・ポストのボブ・ウッドワードとカール・バーンスタインの二人の記者が、ニクソン政権下のホワイトハウスで起きたウォーターゲート事件を暴いた報道で、世界のジャーナリズムの調査報道の原点といえます。

    この報道の過程では、若き二人の記者が足で稼いで取材した事実を政府のネタ元にコンファームしたことが何度もありました。

    例の3類型の「独自調査報道」と「調査・捜査を伝える調査報道」の組合せとなります。

    ちなみに、ウッドワードのネタ元はポストの編集局では「ディープスロート」というコードネームで呼ばれていました。

    実は、その情報源とは、FBIの当時ナンバー2(副長官)だったマーク・フェルトでした。

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    1976年の映画 『大統領の陰謀(All the President’s Men)』(ロバート・レッドフォードがウッドワードを、ダスティン・ホフマンがバーンスタインを演じた)のポスター

    ウッドワードとバーンスタインは、本人が死ぬまでネタ元の身元は明かさない約束をしていたのですが、フェルトが死ぬ3年前に、彼の顧問弁護士が家族の了解を得て、この事実を雑誌に明らかにしました。

    それが出たのは、ちょうど私の2回目のワシントン勤務の最中でした。

    ウォーターゲート事件を扱った映画のなかで、ロバート・レッドフォード扮するウッドワードが駐車場で密会する謎のネタ元とは、実はFBI副長官だったと知り、驚いたのを覚えています。


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    https://www.vanityfair.com/news/politics/2005/07/deepthroat200507?utm_source=chatgpt.com

    ウォーターゲート事件報道、そして、ニューヨーク・タイムズのペンタゴンペーパーズ報道が、アメリカの調査報道の金字塔といえるでしょう。

    では、日本ではどうでしょうか?

    文藝春秋に掲載された立花隆の田中角栄金脈研究、朝日新聞横浜支局が端緒をつかんだリクルート事件報道が、日本の調査報道史の分岐点になったと思います。


    この研究会では以前、『記者クラブ 情報カルテル』(ローリー・アン・フリーマン著)という本を素材に、日本の記者クラブ制度の歴史について議論しましたよね。

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    田中金脈報道とリクルート事件報道はともに、日本の記者クラブ制度という構造的な壁を、フリーランス記者や地方支局が乗り越えて取材したケースとしても位置づけられています。

    独立を阻む記者クラブ制度

    学生C
    私は本書のなかの「ジャーナリズムの仕事をする者は、取材対象から独立を保たなければならない」というテーマにかかわる章を読んだのですが、この「独立性」に関していえば、日本の記者クラブ制度は「取材対象からの独立」を阻む要因だと思うのですが。

    西村氏
    記者クラブ制度というのは、Cさんのいう通り、「ジャーナリズムの独立」を考えるときに日本独特の制度としてよく批判されますよね。

    社会人大学院生D
    「記者クラブは権力にべったりだ」とよく言われます。

    西村氏
    確かに。私の場合は首相官邸や外務省、Dさんは事件系と、ともに記者クラブに身を置きながら取材した期間が相当ありましたよね。

    記者クラブ制度が日本独特の閉鎖構造を持ち、ジャーナリズムの独立性を考えるときに大きな阻害要因となっているのはCさん指摘の通りです。

    ただ、ここで一点だけ言わせてもらうと、記者クラブ時代に得られる人脈ネットワークというものがあります。それらを駆使して取材対象である組織に穴を開けることはできるはずです。

    ある記者が大阪地検特捜部の証拠改ざん事件を暴きました。

    その記者はずっと司法クラブに属していて、当然、歴代の担当検事から弁護士まで人脈を張り巡らせていました。これは、というときに、そうした厚い人脈に忖度せず、縛られもせず、逆に、それらを使って改ざん事件をすっぱ抜いたわけです。

    記者は往々にして情報源に甘えてしまいます。なれ合いの関係になったり、一体感、身内意識を持つようになったりします。

    相手の問題について書くべきときが来たら、そこを振り切ることができるか、それまでの蓄積を使うことができるか、ということだと思います。

    ですから、記者クラブ制度は確かに構造的な制約であり問題なのですが、その中にあってもこういうことができるという実例もあるわけです。もちろん、これは記者クラブ制度の閉鎖性を正当化するものではまったくありません。

    監視犬の原則とは?

    よく言われる「監視犬(watchdog)ジャーナリズム」が体系的に語られるようになったのは、先ほど話題になったウォーターゲート報道からです。

    「監視犬」としての責任について有名なのは米連邦最高裁判事のヒューゴ・ブラックの言葉です。

    報道機関は、政府の秘密を暴露し、人々に物事を知らせることができるよう、守られたのである。自由で縛られない報道だけが、政府の噓をしっかりと明らかにできる。

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    しかし、本書にはこうも書かれています。

    ジャーナリストは力ある者に対し、独立した監視役を務めなければならない。この原則はジャーナリストにさえよく誤解され、「安楽の中にある人に苦しみを与える」の意味と思われている。
    そしてこの監視犬の原則は、現代のジャーナリズムにおいて危機に瀕している。
    監視犬の原則があまりにしょっちゅう持ち出され、一方で人々に貢献するよりも読者・視聴者の受けを狙うだけのニセ監視犬的な仕事が行われているからだ。

    プラットフォーマーに目を向けろ

    Bさんは「監視犬」の対象は政府だけではないというくだり、とくにプラットフォーマーの存在に注目しました。

    まさに、いまの時代は、巨大プラットフォーマーやビッグテック、ビッグAI、国家と一体化した新興の防衛テックが、国家に匹敵するほどの影響力、ときには選挙や戦争の行方を左右するほどのパワーを持つに至りました。

    「テック企業はわたしたちのことをすべて知っているが、わたしたちは彼らのことを何も知らない」。そう言ったのは、米国の情報機関による世界規模の監視活動を暴露した元国家安全保障局(NSA)職員、エドワード・スノーデンでした。

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    「何も知らない」からこそ、本書で書かれているように、彼らの「内在的論理」から最先端技術の開発に至るまで、深い取材と継続的な報道が、ジャーナリズムに求められています。

    別に頭ごなしの「性悪説」をとる必要はまったくありません。ただ、いまのメディア業界は、「集客」のために巨大プラットフォーマーのエコシステムに頼り、一部のプラットフォーマーからさまざまな助成金や補助金を受け取り、ビッグAIに記事データを有償で渡しています。

    だからこそ、彼らに対する監視が必要なのです。

    ふたつの報道から

    ここでは代表的な例をふたつだけ挙げておきます。

    ひとつは、フェイスブック(メタ)の社員が内部告発とともに持ち出した2万ページ以上もの膨大な内部資料をもとに、ウォールストリート・ジャーナルが先行して手がけた「フェイスブックペーパーズ」報道です。

    多くの特集記事を通じて、ヘイトスピーチや誤情報の拡散、若い世代の心身への悪影響といった問題への対策の不備が、つぎつぎと明らかにされました。


    もうひとつがケンブリッジ・アナリティカ事件報道です。

    この会社が、フェイスブックのユーザー8700万人の膨大な個人データを収集、流用して、米国の有権者のプロファイリングを行い、政治広告の発信などを通じて米大統領選での有権者の投票行動を左右しようとしたとされる問題です。

    フェイスブックの構造的な抜け穴とともに、ガーディアンが極めて精力的な報道を続けました。

    二つの事件については、私の東大情報学環での講義のなかで集中的に取り上げましたので、参考にしてください。

    調査報道にはカネがかかる

    大学院生B
    調査報道について「調査報道にはカネがかかる」という端的な記述がありました。ほかにもこんなくだりもあります。

    調査報道の仕事は通常、情報源とのつながりを要し、時間と人と金を厖大に費やし、他の利害から独立し、そして名誉毀損賠償保険に加入することも必要だ。

    テクノロジーや経済構造の革命は新しいチャンスを生み出した半面、独立した監視犬型の報道を脅かしてもいる。
    報道部門は縮小し、監視犬型報道に使える人や金も、そうした報道をしっかり行うための時間も、乏しくなってきている。

    世界のメディアは経済構造の変動に襲われており、それに伴って、調査報道に充てることのできるリソースが足りていません。

    これは日本でもかなり根深い問題なのかなと思います。

    経営環境の変動に伴って、調査報道に用いることのできる「ヒトとカネ」が不足するという問題は、これからますます厳しくなると思うのですが、この点、何か手立てはありますか?

    資金不足をコラボで解決?

    西村氏
    本書にはこんなくだりもありました。

    可能性として最も有力なのはジャーナリズムの新手法として既に説明したもので、プロフェッショナルの調査報道ジャーナリストと力を合わせるパートナーとして、地域社会が大きな役割を担うというものだ。
    ジャーナリストに取って代わるのではない。
    地域社会はまた、ジャーナリズムがきちんとしているかの見張り番としても大きな役割を果たす。
    だがこれを実現するため、既存の報道機関は、今や世界規模でやりとりできるようになった読者・視聴者とどう協力するか学ばなければならない。

    西村氏
    Bさんから提起されたリソースの問題、これはいま、とても深刻な問題です。

    調査報道、あるいはソリューション・ジャーナリズム(課題解決型報道)の分野で、メディアの経済的な苦境を打開するひとつの鍵となるのが、「報道コラボレーション」、つまり、互いに違う読者や視聴者を抱える複数の報道機関が、いろいろな都市を拠点に、共同で取材し、ニュースをシェアすることです。

    ただし、ここには、日米の間に大きな違いがあります。

    一例として皆さんに紹介したいのは、米国・フィラデルフィアでの20もの地方紙の提携、そして日本の西日本新聞を軸とするコラボです。


    まず、フィラデルフィア。ここに「Resolve Philly」というプロジェクトがあります。Resolveというのは解決する、Phillyというのはフィラデルフィアの愛称ですね。

    フィラデルフィア・インクワイアラーなどの地元メディア20社と大学、NGOなどの提携プロジェクトで、非営利組織が仲立ちして、市の破産問題、貧困問題などについて共同取材をし、共通ロゴで展開しています。

    彼らが取り組んでいるのは、調査報道+ソリューション・ジャーナリズム+コラボレーションという新しいパタンです。

    新聞社をを買収した大学

    コラボレーションついででいうと、大学の存在感が大きいのがアメリカの特徴です。

    米国では、確認できるだけで60以上の大学が「ニュースの砂漠」現象を研究したり、経営不振の地元メディアと手を組んで編集局に学生記者を派遣したりしています。

    注:「ニュースの砂漠」とは、地方紙が次々と廃刊したり、ヘッジファンドが買収してたたき売ることを繰り返したりした結果、新聞のない空白の地域がどんどん増えている現象のこと。

    たとえば、ジョージア大学です。

    彼らは、150年近い歴史を持つ地元新聞社のオグソループ・エコーの廃刊を受けて、「ニュースの砂漠化」を解消するために、その新聞社のオーナー家に働きかけて、非営利組織にその新聞社を寄贈してもらい、学生たちが運営する新しいオンラインサイトと週刊紙を立ち上げました。

    大学がいわば経営そのものを引き受けて老舗新聞社を救済する、そして、学生たちは単にインターンとして記事を書くのではなくて、地方紙の編集局そのものを運営するという、かなり思い切った形をとっています。

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    https://www.bostonglobe.com/2024/10/02/opinion/college-journalists-nonprofit-newsrooms/?utm_source=chatgpt.com

    日本の新聞業界と大学とでは、特定分野(世論調査など)の共同研究か、寄付講座くらいしか考えられません。まさにこれは日米で大きな違いがある事例といえるでしょう。

    地方紙の共同取材

    日本だと、西日本新聞が読者参加型の調査報道企画「あなたの特命取材班(あな特)」というのを始めたのですが、これがパートナーシップとして他県の新聞や他の媒体にも広がっていった例がコラボレーションの好例といえますね。

    提携の有名な成果としては、愛知県知事リコール署名偽造事件というのがありました。

    佐賀県から寄せられた情報をもとに、西日本新聞と中日新聞が合同で取材して佐賀市の署名偽造の実態を報道したものです。よくある「記事の交換」方式ではなくて、米国のような調査報道の共同取材の成果です。

    日米の違い

    アメリカの場合、同じ州のなかに多くの独立系の小規模なメディアが乱立しています。しかも、おしなべて経営が苦しい。

    ですから、フィラデルフィアのケースのように、いろいろな財団の助成金に支えられた非営利組織が仲介して、メディアをつなぐという提携パタンが多いわけです。

    これに対して、日本では、たとえば私の初任地の静岡なら静岡新聞、2か所目の勤務地の長野なら信濃毎日新聞というように、基本的に1県1紙体制です。ですから、地方紙やブロック紙が独立性を保ったまま、対等な関係で提携する形になります。

    何よりも日本の場合、メディアのライバル意識、競争意識がとても強い。情報のシェアなんてとんでもないという気持ちがあります。

    ですから、共同取材ではなくて、記事交換、インフラやシステムの共同利用が大勢となっているわけです。


    アメリカは「ニュースの砂漠化」にみられる地域ニュースの空洞化が激しく進み、それに対する危機感も強いので、会社の枠を超えて、非営利組織、地元大学、財団、公共放送などの多層的なネットワークの報道態勢が「ニュース砂漠の緑化策」としてつくられているといえるでしょうね。

    今日はメディア業界の報道コラボレーションについて、ごく一部の例を皆さんに紹介しました。

    こうした一連の取り組みは、本書が指摘しているように、メディアが分断しバラバラになった状況を打開するために、バラバラという多元性をあえて逆手にとって協働にもっていくという実践例です。

    私は、これは地域・地方の「公益報道」とは何か、という問いに対するひとつの答えになるのではないかと思います。

    とかくメディア間のライバル意識が強く、アメリカのような「ニュース砂漠」も幸いなことにまだ顕在化していない日本ですが、ジャーナリズムの生き残りのために、私は早晩、このような動きが日本でも活発になってくるのではないかと思っています。
    (『ジャーナリストの条件』を読む〈下〉に続く)

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    東京大学大学院情報学環で3年間、情報社会論の講義をした西村陽一客員教授(元朝日新聞政治部長、編集局長、常務取締役編集担当。元ハフィントンポスト・ジャパン代表取締役)が主宰し、主に記者を志す東大や早稲田大などの学生や院生、現役の若手・中堅・ベテラン記者たち有志でつくる研究会です。

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