
借りた本 (短編小説) (シロクマ文芸部)
今回初めてお題に沿って物語を作ってみました
私自身、今回の熊本地震で被災した関係もあり、色々な思いがあった状態で作成したので、少しその方面に内容が行っています
拙い小説ですが、ご覧いただけば嬉しいです
よくある小綺麗な図書館
窓辺ではイヤホンをした制服姿の学生が並ぶ
丁寧に椅子が並べられた大きな机には
誰が指示した訳でもなく、1席開けてこれまた制服姿の学生が並んでいる
まるでチェスの駒、いや、ミスドの陳列棚とか言った方が高校生としては可愛いのだろうか
私も大学受験のためにイヤホンをしながら勉強をしているドーナツの1つである
偉いように思うかもしれないが、実際にはあまり家に居たくなくて、ここへ来ている訳で、もっぱら手に握ったシャーペンから出る芯は、生意気なドーナツによって一定のペースで折られている
勉強は嫌いだ
家も嫌いだ
図書館は、幸いなことに大好きだった
暇つぶしに一冊の本を手に取った
一度本棚から抜き取り、戻す場所が分からなくなった本達が集まるラックに置かれていたものを適当に手に取った
どうやらこの図書館は司書があまり仕事をしていないらしい
ラックは本で溢れかえっていた
ラックの上に積まれていた、比較的最近ここに置かれたであろう一冊の少し大きめな本
本自体はかなり年季を含んでおり、題名は
「Else」 の後に「W」が1文字浮かんでいた
その後にも何か続いていたが、解読は出来なかった
内容は英語で書かれておりほとんど読み取れなかったが、
History World Country
などの単語が読み取れた
恐らくどこかの国の歴史か誰かの旅行記みたいな物であろう
机に顔を引っつけながら古紙がただ重力に負けてドミノ倒しのように落ちていくのを眺めていると、ふとあるページにしおりが挟まっているのを見つけた
リングから無理やり破り取られたA4方眼紙がまた更に4分の1程度に切られたそのしおりには丁寧な字で様々な本の名前が記されていた
日本のものもあれば外国の物も
青春物もあればミステリーもあった
私はふと悪い考えを思いつき、その本としおりに書かれていた何冊かの本を借りて帰ることにした
家へ着くと
「ただいま」
「ご飯食べてきたからいらない」
「勉強するから邪魔しないで」
という定型文を玄関で叫び、そのまま逃げるように部屋へと向かう
ベッドの上でカバンをひっくり返し、筆箱 参考書だけを再びカバンの中へ直す
君達に用はない、そう言わんばかりにカバンごと部屋の入口へほり投げる
ベッドの上には借りてきた本だけが乱雑に並んだ
私は借りてきた本を片っ端から読み、そして挟まっていたメモに追記していく
机の上で埃をかぶっている二軍のボールペンで書かれた私のメモは、初めの丁寧な字と違い、とても元気の良いものだった
これはつまらない、これは展開が読める、これは泣けるね、など、書かれた内容も非常に元気の良いものであった
A4方眼紙の4分の1、ハガキより少し大きいくらいの紙は次々と埋まっていき、全て、と言っても日本語の比較的読みやすいものだけだが、それでも読み終える頃には空は明るくなっていた
私は寝不足のまま学校へと向かった
朦朧としながら授業を受けるが、華麗なまでにあっけなく睡魔に身体を乗っ取られた
忘れていると思うが私は一応受験を控えている
そして学校というのは同い年が集まる場所なわけで
必然的に授業中に寝ているとちょっかいを出してくるのが教師というものだ
せっかく気持ち良く寝ていたのに数学と物理で2回も起こされてしまった
子守唄と化した授業を終え、その足で図書館へ向かった
しおりを挟み直し、借りた本を返却してしばらく真面目に参考書を解いていたが、やはり昨晩の寝不足の影響かすぐに眠りに落ちた
分厚くて重いこの参考書だが、枕にはちょうどいい高さをしている
これは参考書が悪い
気が付くと辺りは薄暗くなっていた
そろそろ帰ろうとした時、ふと居場所を失った本達が並ぶラックに目が行った
相変わらず片付けられていないラックの上に
見覚えのある本があった
手に取るとやはりあのしおりの挟まっていた本だった
私は本を持ってすぐ机に戻り、あのしおりを探した
期待通りしおりは挟まっていて対照的な2種類の文字が並んでいた
そしてそこには新たにこう付け加えられていた
俺のしおりに落書きするな、と
私は1人叫びそうになった
冗談で書いた私の感想がまさかしおりの持ち主に届くなんて想像もしていなかったからだ
焦りと罪悪感もあったが、私は心の底から湧き上がるワクワクとした気持ちを抑えきれなかった
好奇心に狩られるまま、私は再びボールペンへと手を伸ばし、こう付け加えた
ごめんなさい、まさか読まれると思っていなくて
悪気は無かったんです
あなたのおかげで普段読まない本を読むことが出来て楽しかった
ありがとう
謝罪の意を込めた書いたその文字は
やはり元気が良く、ワクワクとした気持ちはそのまま文字に表れていたが、そっと本に挟み直し、ラックの上へと置いた
私は高揚した気持ちのまま家へと帰り
「ただいま」
「ご飯食べてきたからいらない」
「勉強するから邪魔しないで」
と叫び、部屋へと逃げ込んだ
カバンをそのまま放り投げ、ベッドへと潜り込む
何故本の名前をメモしていたのか
何故再びあのしおりを見つけたのだろうか
もしかしたらとても大事なものだったのだろうか
相手はどんな人なんだろう
そんなことを考え、妄想は膨らむばかりだった
そして今日も無情なまでに外は明るくなっていった
そこから奇妙なしおりのやり取りが続いた
学校が終わるとすぐ図書館へ行き、必ずラックの近くへ座り、本としおりを確認した
すぐに返事が来ることもあれば、何日か返事が来ないこともあった
形ばかりの謝罪を書いた後のしおりにはただ一言丁寧な字で
この本もオススメです
の言葉と本の題名が記されていた
私はその本を読み、感想を書いた
時には私の好きな本をオススメすることもあった
しおりの内容は基本的に本のことだったが、
たまにお互いのことも話すようになっていった
向こうは男性であること
学生で歳も近く、同じく受験を控えていること
歳の離れた妹がいること
私はどんどんそのやり取りを楽しみにするようになっていった
しかし、やり取りを重ねる毎に分からない事が増えていった
それはいつどうやってしおりが更新されるのかが分からないという事だった
ある時はずっとラックを見れる位置に座った
ある時はずっと手元に本を置いた状態にした
ある時は借りて帰って数日家に置いてみたりもした
私は何度かやり取りを繰り返すうちに、しおりの更新には条件があると考えた
手元に置いていた時、家へ数日持ち帰った時、しおりは更新されなかった
ラックに置いておいた時には更新されていた
私は、原理は分からないが、ラックがしおりの更新の条件なのではないかと仮定した
私は思い切ってこの結果を相手へ伝える事にした
ラックにあった本をたまたま手に取ったこと
誰もこの本を借りている所を見ていない、私以外にこの本に触っているのを見た事がないこと
それにも関わらずしおりが更新されていること
私はこの数週間で気付いたことを全て書き、本へ挟み再びラックの上へと戻した
相手からの返事はしばらく来なかった
今回は特に返事を待っていたため、いつもより長く感じた節はあるかもしれない
私は少しずつその本を確認する頻度が落ちていった
私がしおりを更新してから10日ほど過ぎた時
いつものように本を確認するとしおりが更新されていた
私は心臓が飛び出るほどドキドキした
だが、相手から返ってきたのは予想もしない物だった
そこにはただ数字とローマ字が並べられていた
私が書いた内容には一切触れず、だ
私は拍子抜けした気持ちと私の書いた内容を無視された事への怒りを覚えた
そこに記載されていたのは
X-Ⅲ-38
というものだった
これは恐らくこの図書館で本を探す際に使われる座標の様なものだとすぐに分かった
私は怒りを抑えながらそのしおりを持って館内を周った
しかし、すぐにそれが間違えていることに気付いた
この図書館はそこまで大きな図書館では無い
建物こそ新しいが、せいぜい体育館の半分より少し大きいくらいの図書館
つまりはXの本棚なんて存在していないのだ
現に一番端の本棚にはRの文字が刻まれている
これを確認し、私は更に苛立った
席へ戻ると方眼紙を乱暴に破り、こう書いた
バカにしないで!
私は方眼紙を乱暴に本へと挟み、ラックへ置いた
そこから数日はあまり気にしないようにしていた
ラックから離れた所へ座り、やりたくない受験勉強へ本腰を入れた
ただ、やはり完全に忘れることはできず、筆箱にしまっていたX-Ⅲ-38と書かれたしおりを、たまに取り出しては眺めていた
「あれ、それうちの本の整理番号よね」
ちょうどしおりを眺めている時、司書さんが話しかけてきてくれた
「あ、そうなんですけど、でもこの図書館にはないですよね、Xの棚なんて」
「いいえ、あるわよ?」
「ですよね、無いですよね……え!?」
私は司書さんの言葉に驚いて思わず大きな声をあげてしまった
「シー!大きな声出さないの」
「すみません……」
「でもまぁ、知らなくても無理ないわ」
「Xの本棚はね、ここに出してない書物を管理してる裏の本棚なの、ちょっと時間かかるけど、いい?探してきてあげる」
「ほんとですか!ありがとうございます!」
「だから大きな声出さないでって」
「あ、すみません……」
司書さんはそう言うとしおりに書かれた番号をメモし、裏へと消えていった
私は冗談だと諦めていただけにとても驚いた
ついに謎が解ける、そう思った私はソワソワしながら司書さんを待った
数十分後、司書さんは不思議そうな顔で一冊の本を持ってきた
「そこにあったのはこれだけど、ホントにこれで合ってるの?」
差し出された本に書かれていた表紙は大量の土砂に押し潰されている数件の民家の写真だった
「これ……なんですか?」
「なんですかってあなたが探してた本でしょ?これは20年前の大地震の時に起きた被害に関しての本じゃないかしら、読み物というよりかは報告資料ってとこだと思うわ。ちょうど場所はこの辺りよ。この建物もたしかその時に建て変えたのよ。どうする?探してたのと違うならもう一度見てみるけど。」
「あ、これで大丈夫です、ありがとうございます。」
「そう、読み終わったら私に返してちょうだい。」
そう言うと司書さんは去って行った
私がこの本で合っていると直感したのは表紙にある1枚のメモ用紙の写真だった
しおりで使われていた、まさにあの紙だった
私は全身に緊張が走るのを感じた
資料を読んでいくと、この様な内容だった
発生時間は7/×× 17:00過ぎ
最大震度 7
当時木造住宅が多かったこの辺りでは被害が甚大であり、特にこの近くにあった○○小学校は全面的に倒壊し、大きな被害を出した
小学校の下校時間は過ぎていたため、死者・負傷者は少なかったが、校舎に残っていた生徒1名が死亡、迎えに来ていたと思われる家族が1名行方不明
なお、表紙に掲載されているメモの写真については亡くなった生徒が握っていたものとして記録が残っている
家族の捜索については5年経った今でも続けられており………
私はもうそこから先を読むことは出来なかった
視界が涙でぼやけて文字が読めなかった
20年前の人物としおりのやり取りをしていたなんて信じられる事でないが、確かに見覚えのあるメモ用紙と見覚えのある字だった
彼は結末を知っていて私とメッセージのやり取りをしていたのかは分からない
私に何をして欲しかったのか、あの時怒らずに聞いていれば何かしてあげられたかもしれない
いや、きっと何も出来ないのかもしれない
いくら考えても何を伝えたいのかは分からなかった
ただ、20年経った今を生きる私に、彼は生きていたことを、生きられなかった悔しさを伝えたかったのではないかな、と思う
当たり前に過ごしている日々が当たり前では無いことを
明日が来ないかもしれないということを
伝えたかったのだと思う
図書館で1人号泣している所を先程の司書さんに見つけてもらい、司書さんの休憩室へ特別に通してくれた
私は落ち着いてから事の経緯を話した
題名のかすれた本のこと、不思議なしおりのやり取りのこと、所々泣きながら、全てを話した
司書さんの話ではこの図書館でそういう経験をした、という話はこれまで聞いたことが無いとのことだった
そして、この図書館にElseから始まりWへ続くような題名の本は存在しないとのことだった
Wの後に続くのは何だったのだろうか
帰りにあのラックのあった場所へ立ち寄ったが、そもそもラック自体そこには存在していなかった
本当は全て夢だったのかもしれない
少しはそう思ったが、それは彼の存在を否定しているような気がしてすぐに辞めた
彼は確かに存在していた
そしてまだどこかで苦しんでいるかもしれない
そういう人がいるということを忘れてはいけない
私は司書さんと話し、無期限貸し出しという形でその本を譲り受けた
私だけでも忘れずにいる為に
その本はこう締めくくられていた
