
肩書きの向こう側にいる、わたし
世の中にはたくさん肩書きがあると思います。
障がい者。利用者。支援員。相談員。など。
肩書きがあります。
だけどその呼び名より先に、ひとりの人間として
向き合ってもらえたらいいなと思います。
障がいがあることも、支援を受けていることも
その人を形づくる小さな一片に過ぎないと思っています。
その一片だけで性格や価値観、心の向きまで
決まるわけではないと思ってます。
人はそれぞれ違うもの。
年齢も違えば育ってきた環境も違います。
得意なことも苦手なことも価値観も人それぞれ。
同じ場所に通っている、または同じ場所で
働いているからといってみんなが同じ考えを
持っているわけではない。
これは障がい福祉の場所に限った話ではなく
どこにいても自然な姿なのだと思っています。
だけど「利用者」という一括りの言葉によって
個人としての尊厳が後回しになってしまうと思うと
少し寂しいような、
なんか違うなというような気がしています。
支援を必要としていることと、自分の意思で
物事を考えれることは別の話だと思う。
誰かに決めてもらうことだけがその人にとっての
《 正解 》とは限らないと個人的には感じています。
人間だから間違えることもあるし、自分で選んだ結果に
悩むこともあります。
自分の意見を持つことも、納得できないことを伝えることも
決して特別なことではない気がする。
それも含めてその人の人生だと思っている。
福祉の現場にも もう少し普通の人間関係が
あってもいいんじゃないか、なんて思っています。
立場を意識し過ぎず相手の話を聞いたり
何気ない日常会話を楽しんだり、たまには意見が
食い違うこともあると思います。
特別なことではなく日常の中にあるような関係性。
支援する人、される人という役割を超えて
ひとりひとりに違う人生があることを忘れずにいたい。
障がい者だから。
利用者だから。
そんな言葉だけでその人のすべてを知ったような
気にはなっていけないと思います。
その肩書きの向こう側には、好きなものがあって
大切にしているものがあってそれぞれの考えを持って
生きている1人の人間がいます。
どんな立場にいてもひとりの人間として尊重されたい。
それは特別なお願いでもなく、
贅沢な望みでもない気がする。
誰にでも当たり前にあっていいものだと思います。