
人を求めてしまう弱さ。人を求められる強さ。
ひとりの時間をつくるってできてるようで、できてない。
どこかに出かけてないと寂しくて、何かどうでもいいことを考えてないと不安に襲われて、気づけばひとりでいるけど、手に負えない巨大な不安や怖さに取り憑かれてるってことに、35歳にしてようやく冷静に気づけるようになってきた。
気づけるようになってきたのは、
24歳で師匠に出逢い、当時は週7または6で毎日のように集まる場所と時間があったけど、だんだん時代の変化とともに最適化がうまれて自然とひとりになる時間が増えたから。
だから順番って大事だともおもう。
人は本当に尊敬できる人と時間を積み重ねることではじめてひとりの時間を経験できていくものなんだと実感中..
そうやって実感できてきてるのも、
尊敬できる人と時間を積み重ねていくことで真似したい、こういう大人ってかっこいいなとおもってる部分が自分がおもってる以上に積み重なっていて、不安や怖さが出てきた時に冷静に向き合う強さが培われてるからだとおもう。
ひとりの時間を経験していく大切さは、
生まれて、大人になっても、どこまでいっても食べること、話すこと、考えること、働くこと..ほとんど全部が対他者や対組織、対地域や国や時代の関係の上に成り立ってる
だから、
「誰かとつながりたい」
「わかってほしい」
「そばにいてほしい」
とおもってしまう欲求は、人間の欠陥ではなく自然に湧き上がってしまう欲求で、
その欲求は
「人がいないと自分を保てず人を求める」
「自分から人を求められる」
この2種類があるとおもう。
そして、
人を求めてしまう弱さは
「あなたがいないと何も決められない」「嫌われたら自分には価値がない」「相手が望むなら、自分の考えやおもってることを捨ててもいいや」っておもってしまう状態。それは欠乏から湧き上がってくる依存が強い。
↑これは今までの自分の状況。
人を求められる強さは、
「自分ひとりでもできそうだけど、力を合わせてやったほうがより面白くなりそう」っておもって共感共鳴から湧き上がって人をもとめられる状態。
↑これは師匠の真似していきたいカッコいいとおもってるところ。
だから弱さそのものが問題なのではなく、弱さを自分の中心にしてしまうことで不安や怖さがずっとグルグルと巡って抜け出せなくなってしまっていることに気づけるようになっていくことが、ひとりの時間を経験する大切さのひとつでもあるとおもう。
師匠は以前、下記のことを教えてくれた
人は身体能力だけを見ると、かなり弱い。
それは爪も牙もないから
それでも人が環境に適応し続けられているのは、一人の人間が強かったからではなく、「一人ではできないことを、他者とできるようにした」から。
言葉をつくること
道具をつくること
知識を伝えること
子どもを育てること
役割を分担すること
記憶を文化として残すこと
人間は「弱さをなくす」ことで強くなったんじゃない。弱さを前提にして関係性を発達させてきた
「あなたが必要だから一緒にいる」
この状態から
「あなたがいなくても立てる。でも、あなたと一緒にここで力を合わせてここに立ちたい」
そうおもえる状態へと。
あなたが必要だから一緒にいる状態はその関係性が何を意味してるのか考えない。
あなたと一緒にここに立ちたいっておもえる状態はその関係性が何を意味してるのか考え続けていかないといけない。
じゃないと静かに時間を経過し、突然関係性が継続できない瞬間が訪れる。それは時代が変わっていくように人もずっと同じではいられないすごく峻厳なものが働いてる。
だから日々稽古。