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柿ノスタルジー

    子どもの頃、父親がよく果物を剥いて私たちに食べさせてくれた


    果物が好きな父親だったのか?今から思えばそんな気もするが、りんごや梨が多かった


    もしかしたら、貰い物を消費していただけなのかも知れないが、大して果物が好きでなかった私は喜んでは食べなかった


    特に柿は嫌いで、年寄りが食べるものだと思っていた


    それが今秋になって柿が気になり始めた


    柿なんてわざわざ買わなくても、田舎の木に腐るほど生っている


    そんな当たり前でありきたりな風景の一つの柿の存在に、これまで価値を感じたことはなかった


    柿なんて一生買うことはないだろうと思っていたのに、、買ってしまった


    きっと体が欲していたのだ


    若い頃は馬鹿にしていた柿だったけれど、柿はとても栄養価が高い果物だと思う


    だから昔は嫌いだったのだ


    まだ活力あふれる身体に、高い栄養価のものは必要ないから


    柿を欲するようになった今の私は、エネルギーが枯れ始めているということなのだろう


    美容栄養ドリンクのように柿の栄養を欲し始めた


    あーあ


    いずれ干し柿も美味しい!とか言い出すのかなぁ


    けれども、作り手が少なくなった干し柿は今や高級品だ


    田舎では、どの家もが軒下に吊るして作っていた干し柿


    日本の昔の風景だ




     
     
    夫とねこ+1匹暮らしのアラフィフ50代女子 パニック障害からスピリチュアル、内観世界へ ちょうどコロナのタイミングで仕事をやめ、今はニートよろしくふらふら過ごしてます 生きるということ、「存在」の探究 生きるとは娯楽である 存在とは娯楽である

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