
また、その話?
※今回は、創作の短編小説です。
「また、その話?」
妻が言った。
「え?」
「それ、もう47回目」
「数えてたの?」
ぼくには、何度もしてしまう話がある。
会社員時代、人前で話して大失敗したときの話だ。
声が震えた。
頭が真っ白になった。
最後は、自分でも何を話しているのか分からなくなった。
「それでね、あのとき……」
「はいはい。そこから毎朝1分の朝礼を始めたんでしょ?」
「……そうです」
妻は全部覚えている。
そりゃそうか。
47回も聞いているんだから。
ある日、妻が言った。
「ねえ、その話、しばらく禁止にしない?」
「えっ?」
「一週間だけ」
ぼくは承諾した。
簡単だと思った。
ところが翌日。
散歩中に知り合いと会った。
「最近、何か新しいこと始めました?」
来た。
絶好のチャンス。
「実は、昔ぼくは……」
あぶない。
危うく48回目だった。
三日目。
カフェで知人と話していた。
「人前で話すの、苦手なんですよね」
ぼくの耳が立った。
「実は、ぼくも……」
いかん。
口を閉じた。
七日目。
ようやく禁止期間が終わった。
ぼくは妻に言った。
「一週間、我慢できたよ」
「おめでとう」
「でね、やっぱり気づいたんだけど……」
妻が笑った。
「48回目?」
「いや、今日は違う話」
ぼくは少し考えてから言った。
「どうして、あの失敗談ばかり話すのか、分かった気がする」
「どうして?」
「昔のぼくみたいに、人前で話すのが怖い人がいると、つい話したくなるんだよね」
妻は黙って聞いていた。
すると妻が言った。
「知ってるよ」
「え?」
「だって、あなたが何度も話してくれたから」
ぼくは照れくさくなった。
「……49回目も聞いてくれる?」
妻はため息をついた。
「いいよ」
そして、こう続けた。
「でもね、ひとつだけお願い」
「何?」
「次は、失敗したところからじゃなくて」
妻は笑った。
「今のあなたが、楽しそうにしているところから話して」
ぼくは言葉に詰まった。
そういえば。
ぼくはいつも、失敗した話から始めていた。
今の話だって、たくさんあるのに。
「……分かった」
ぼくは深呼吸した。
「実はね、最近YouTubeを始めて……」
妻が天井を見上げた。
「それ、もう12回聞いた!」
AI × じゅんのすけ