メインコンテンツへスキップ
見出し画像

建築物環境衛生管理技術者が本気で設計するスマートファーム【第14回 人に設備を合わせるスマートファーム】


    第14回 人に設備を合わせるスマートファーム

    ~農福連携を「仕事」からではなく「環境設計」から考える~

    これまで、この連載ではスマートファームをいろいろな角度から考えてきました。

    水。

    空調。

    電気。

    LED。

    IoT。

    センサー。

    水耕栽培。

    そして前回は、育てた野菜を「誰に届けるのか」という販路について考えました。

    少しずつ、若葉ひまわりスマートファームの形が見えてきました。

    でも、まだ一番大切なものについて、十分に考えていません。

    それは、

    そこで働く「人」です。

    誰が種をまくのか。

    誰が苗を植えるのか。

    誰が植物の状態を見るのか。

    誰が収穫するのか。

    誰が袋に詰めるのか。

    誰が設備を確認するのか。

    そして、

    その人たちは、本当に無理なく働けるのか。

    今回は農業設備そのものから少し視点を変えて、

    「人が働きやすい環境をどう設計するか」

    を考えてみたいと思います。


    「人が仕事に合わせる」が当たり前だった

    私は30年以上、さまざまな建物や施設の現場を見てきました。

    オフィスビル。

    病院。

    ゴルフ場。

    大規模施設。

    そこで何度も感じてきたことがあります。

    多くの職場では、

    人が仕事に合わせています。

    高い場所にある設備を見るために脚立へ上る。

    重いものを人が運ぶ。

    暑い場所でも我慢して作業する。

    複雑な操作方法を覚える。

    小さな文字のマニュアルを読む。

    警報音を聞いて異常を判断する。

    もちろん、安全のための改善は進んできました。

    それでも、

    「この仕事はこういうものだから」

    という理由で、人の側が設備や仕事に合わせている場面は少なくありません。

    でも、スマートファームをゼロから設計できるなら。

    最初から、

    人に設備を合わせる

    という発想があってもいいのではないでしょうか。


    農福連携を「農作業をしてもらうこと」にしない

    「農福連携」という言葉があります。

    農業と福祉を結びつけ、障害のある方などが農業分野で活躍できる機会をつくる取り組みです。

    私は、この考え方に大きな可能性を感じています。

    ただ、一つ気をつけたいことがあります。

    農業には仕事がある。

    だから、その仕事を障害のある方にやってもらう。

    それだけで終わらせたくありません。

    例えば、

    高い棚に手を伸ばさなければならない。

    重い水を運ばなければならない。

    細かな数字を読まなければならない。

    警報が音だけで知らせられる。

    作業手順が長い文章で書かれている。

    それでは、

    「農業に人を合わせる」

    ことになってしまいます。

    私が考えたいのは、その逆です。

    人が働きやすいように、農場そのものを設計する。

    これです。


    できないことを見る前に、環境を見る

    例えば、ある作業ができない人がいたとします。

    そのとき、

    「この人にはこの仕事は難しい」

    と考える前に、

    「設備や作業方法を変えたらできないだろうか」

    と考えてみる。

    棚が高いなら、低くする。

    重いものなら、小分けにする。

    数字が分かりにくければ、色や図を使う。

    文章が難しければ、写真やピクトグラムにする。

    音が聞こえにくければ、光や振動でも知らせる。

    立っているのが大変なら、座って作業できるようにする。

    手作業が難しいところは、自動化する。

    つまり、

    人の能力を変えようとする前に、環境を変えてみる。

    これは福祉だけの話ではありません。

    設備設計の話でもあります。


    ① ラックの高さから考える

    例えば、水耕栽培ラック。

    植物工場では、限られた面積を有効利用するために多段式ラックが使われます。

    設備効率だけを考えれば、

    「できるだけ高く積みたい」

    となります。

    でも、働く人から見たらどうでしょう。

    上段へ手が届くのか。

    脚立が必要にならないか。

    車椅子から作業できるのか。

    収穫物を安全に取り出せるのか。

    ここで考え方が変わります。

    床面積当たりの生産量を最大にすることだけが、最適設計ではない。

    少し生産量が減ったとしても、

    多くの人が安全に作業できる高さにする。

    それによって、

    事故のリスクが減る。

    作業できる人が増える。

    作業時間が短くなる。

    結果として事業全体では効率が良くなる可能性があります。

    これも立派な設備効率だと思います。


    ② 「水を運ばない」農場にする

    農業には水が必要です。

    水1Lは、およそ1kgあります。

    10Lなら約10kg。

    20Lなら約20kg。

    これを人が毎日運ぶような仕組みにはしたくありません。

    だから若葉ひまわりスマートファームでは、

    雨水貯留。

    水道水。

    原水タンク。

    ろ過。

    栽培水槽。

    循環ポンプ。

    という設備を組み合わせます。

    水は、

    人が運ぶのではなく、配管とポンプで運ぶ。

    人の仕事は、

    重い水を運ぶことではありません。

    水位を見る。

    センサーを見る。

    異常がないか確認する。

    必要なら担当者へ知らせる。

    そういう仕事に変える。

    これは単なる省力化ではありません。

    身体的な負担を設備側で減らす

    という考え方です。


    ③ 警報を「音だけ」にしない

    これは私にとって、とても大切なテーマです。

    一般的な設備では、

    「ピーピー」

    という警報音で異常を知らせるものがあります。

    でも、それだけでいいのでしょうか。

    聴覚に障害のある人には、警報音だけでは情報が届かないことがあります。

    ならば、

    音+光+画面表示

    にする。

    例えば、

    緑=正常です。

    黄色=確認してください。

    赤=作業を止めて、担当者を呼んでください。

    さらにタブレットやスマートフォンへ通知する。

    必要なら振動でも知らせる。

    そうすれば、

    「音が聞こえる人だけが異常に気付ける設備」

    ではなくなります。

    そして実は、これは障害のある方だけのためではありません。

    騒音の大きな場所。

    イヤーマフを使用している人。

    高齢者。

    外国人。

    誰にとっても分かりやすい設備になります。


    ④ マニュアルを「読ませない」

    設備管理の現場には、分厚いマニュアルがあります。

    私自身、何度も読んできました。

    でもスマートファームでは、

    「マニュアルを読めること」

    を働く条件にしたくありません。

    例えば、

    写真。

    イラスト。

    ピクトグラム。

    色。

    短い動画。

    を使います。

    「種をまく」

    ↓

    「苗をここへ置く」

    ↓

    「水を確認する」

    ↓

    「このランプが緑ならOK」

    というように、作業を小さく分ける。

    一つの作業につき、一つの説明にする。

    これは知的障害のある方だけでなく、

    初めて働く人。

    高齢者。

    外国人。

    農業未経験者。

    誰にとっても分かりやすいはずです。


    「誰でもできる」とは言わない

    ここは大切なので、あえて書いておきたいと思います。

    私は、

    「このスマートファームなら誰でも働けます」

    とは言いたくありません。

    人には、それぞれ違いがあります。

    得意なこと。

    苦手なこと。

    体力。

    集中できる時間。

    理解しやすい方法。

    コミュニケーション方法。

    必要な支援。

    すべて違います。

    だから、

    「誰でも同じ仕事ができる農場」

    を目指すのではありません。

    目指したいのは、

    「いろいろな仕事があり、その中から自分に合った役割を見つけられる農場」

    です。


    ⑤ 一つの仕事を細かく分ける

    例えば、レタスを販売するまでを考えてみます。

    「レタス栽培」

    という一つの仕事に見えます。

    でも分解すると、

    種を準備する。

    種をまく。

    育苗トレーを見る。

    苗を移す。

    水位を見る。

    植物を見る。

    写真を撮る。

    収穫する。

    重さを量る。

    選別する。

    袋を準備する。

    袋へ入れる。

    ラベルを貼る。

    箱へ入れる。

    数量を数える。

    清掃する。

    データを入力する。

    たくさんの仕事があります。

    全部できる必要はありません。

    種まきが得意な人。

    植物を見るのが好きな人。

    袋詰めが得意な人。

    数字を入力するのが得意な人。

    設備を見るのが好きな人。

    それぞれに役割があっていい。


    ⑥ IoTは「人を減らすため」だけに使わない

    スマート農業というと、

    自動化。

    省人化。

    無人化。

    という言葉がよく出てきます。

    もちろん、人手不足の農業では重要な技術です。

    でも若葉ひまわりスマートファームでは、少し違う使い方も考えたいと思っています。

    IoTを、

    人を減らすためだけではなく、人が働きやすくするために使う。

    例えば水質測定。

    毎回、専門知識のある人がpHやECを測らなくても、

    センサーが測る。

    画面に表示する。

    正常なら緑。

    注意なら黄色。

    異常なら赤。

    人は、

    「判断できる情報」

    を受け取る。

    機械が人の仕事を奪うのではなく、

    難しい部分を機械が支える。

    私は、そんな関係がいいと思っています。


    ⑦ 「失敗しにくい仕組み」をつくる

    人は間違えます。

    私も30年以上設備管理をしてきましたが、間違えることはあります。

    だから設備管理では、

    人が間違えないことを前提にしない

    ことが重要です。

    例えば、

    違う液肥を入れようとしたら接続できない。

    水位が低ければポンプを停止する。

    設定値を大きく外れたら警報を出す。

    重要な操作は確認画面を出す。

    作業場所ごとに表示を分ける。

    こうした仕組みを、

    フールプルーフ

    と呼ぶことがあります。

    スマートファームにも、この考え方を入れたいと思っています。

    「間違えた人を叱る」のではなく、

    間違えても重大事故になりにくい設備をつくる。

    これは安全管理でもあり、働きやすさでもあります。


    ⑧ 休めることも設備設計

    働く場所を考えるなら、作業設備だけでは足りません。

    休憩できる場所。

    座れる場所。

    水分補給できる場所。

    暑さから逃げられる場所。

    静かに落ち着ける場所。

    トイレ。

    手洗い。

    更衣。

    こうした環境も必要です。

    植物が快適に育つ温度と、

    人が快適に働ける温度が、

    いつも同じとは限りません。

    だから、

    植物の環境と、人の環境を分けて考える

    必要もあります。

    植物のための環境制御だけでは、

    「働くスマートファーム」

    にはならないのです。


    農場そのものを「ユニバーサルデザイン」にする

    ここまで考えてくると、

    若葉ひまわりスマートファームで目指しているものが少し見えてきます。

    それは、

    農場のユニバーサルデザイン

    です。

    特定の誰かだけに合わせるのではなく、

    最初から多様な人が使うことを想定する。

    通路を広くする。

    段差を減らす。

    ラックの高さを考える。

    表示を大きくする。

    色だけに頼らず、文字や記号も併用する。

    音だけに頼らない。

    作業手順を簡潔にする。

    重いものを持たせない。

    危険なところは設備で守る。

    これらは一つひとつを見ると小さな工夫です。

    でも積み重なると、

    「働ける人の範囲」

    を広げる可能性があります。


    設備管理者として測ってみたい

    そして、ここでも感覚だけで終わらせたくありません。

    実証が始まったら、

    人の働きやすさもデータにしたい

    と思っています。

    例えば、

    作業時間。

    作業ミス。

    ヒヤリハット。

    身体的負担。

    休憩回数。

    一人で完了できた工程。

    支援が必要だった工程。

    分かりにくかった表示。

    改善した設備。

    そして、

    「またこの仕事をやりたいと思えたか。」

    数字にできるもの。

    数字だけでは表せないもの。

    両方を記録します。

    植物だけを観察するのではありません。

    人と設備の関係も観察する。

    それが若葉ひまわりスマートファームの実証です。

    画像

    第14回の仮説

    今回の仮説は、

    「働く人の能力に仕事を合わせるだけではなく、設備・表示・動線・作業方法を人に合わせて設計することで、より多様な人が農業に参加できるのではないか。」

    というものです。

    さらに、

    「IoTや自動化は人を減らすためだけではなく、難しい判断や身体的負担を機械に任せることで、人ができる仕事を増やすためにも使えるのではないか。」

    という仮説です。

    これは、実際に人が働いて初めて分かります。

    だから決めつけません。

    設計する。

    試してもらう。

    話を聞く。

    直す。

    また試す。

    ここでも、

    仮説 → 実証 → 検証 → 改善

    を繰り返します。


    「働く幸せ」を設備で支えられるだろうか

    この連載の最初から、私の中にある言葉があります。

    「働く幸せ」

    です。

    設備だけで、人を幸せにできるとは思っていません。

    でも、

    設備によって取り除ける不便はあります。

    設備によって減らせる危険があります。

    設備によって伝えられる情報があります。

    設備によって軽くできる負担があります。

    そして、

    設備を少し工夫することで、

    「できなかった仕事が、できる仕事になる」

    こともあるかもしれません。

    私は、そこに設備管理者として関わりたいと思っています。


    次回予告

    ここまで若葉ひまわりスマートファームを、

    設備。

    水。

    電気。

    IoT。

    栽培。

    販路。

    そして人。

    という順番で考えてきました。

    では、この構想を実際に動かすには、

    いくら必要なのでしょうか。

    ラック。

    LED。

    水槽。

    ポンプ。

    センサー。

    空調。

    雨水設備。

    太陽光・12V蓄電。

    そして、人が働きやすくするための設備。

    理想を全部詰め込めば、費用はいくらでも大きくなります。

    だから次回は、

    第15回 最初から全部つくらない

    ~10万円、30万円、50万円。小さな実証設備を段階的に育てる~

    として、

    「最低限どこまであれば実証を始められるのか」

    を具体的な金額に落として考えてみたいと思います。

    設備管理者として、今度はVE(価値工学)とライフサイクルコストの視点も入れて考えます。


    おわりに

    植物を育てるには、

    温度が必要です。

    水が必要です。

    光が必要です。

    栄養が必要です。

    では、人が働くためには何が必要なのでしょう。

    安全。

    分かりやすさ。

    無理のない作業。

    休める場所。

    自分の役割。

    そして、

    「自分にもできた」

    と思える経験。

    植物に合わせて環境を整えるのがスマートファームなら、

    人に合わせて環境を整えることも、

    スマートファームの仕事なのではないでしょうか。

    植物が育つ環境。

    人が働ける環境。

    事業が続けられる環境。

    この三つを、一つの農場の中につくる。

    それが、

    建築物環境衛生管理技術者が設計するスマートファーム

    の一つの答えになるかもしれません。

    まだ、図面の上にもない農場です。

    まだ、一株のレタスも収穫していません。

    でも今は、

    「どんな機械を置くか」よりも、

    「そこで、どんな人が笑って働いているか」

    を想像しながら設計していきたいと思っています。


    一般社団法人 若葉ひまわり福祉支援協会
    建築物環境衛生管理技術者 福島淳一

     
     
    建築物環境衛生管理技術者。30年以上にわたり、病院・商業施設・大規模スポーツ施設等の維持管理に従事。現場経験をもとに、建築物環境衛生、DX・AI、行政制度、障がい者雇用と働く幸せを研究・発信。「建物を守る。その先の、人を守る。」

    あなたへのおすすめ