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カフカ『断食芸人』の謎に迫る(試し読み版)

    『断食芸人』 書く人として生きる(佐々木)


    はじめに
     カフカの短編『断食芸人』が成立したのは、一九二二年五月二三日頃と推定されている。日にちまではっきりしているのは、同年五月二五日のカフカの日記に、「おととい、『断食芸人』」という記述があるからである。『ノイエ・ルントシャウ』誌などに発表された後、短編集『断食芸人――四つの物語――』に収められて刊行されたのは、二年後の一九二四年八月末のことである。カフカが同年六月に亡くなったので、友人のブロートが校正を引き継ぎ出版にこぎつけたのである。
     『断食芸人』が書かれた一九二二年は、しばらく執筆を中断していたカフカが再び旺盛な創作欲を見出した時期で、長編『城』の執筆が開始され、同時に多数の短編が書かれた。チェコ人女性ミレナとの関係も終わり、また結核の進行もとどめることができないという状況で、カフカは迫り来る死を予感しつつ、これまでの人生を総括しようとしていたと思われる。
     『断食芸人』は、語り手が断食芸人について報告する三人称形式の作品である。あらすじは次の通りである。
     
     断食芸人は断食を見せ物にすることで生活の資を得ている。藁を敷きつめた檻に入り、少量の水以外には一切の食物を摂らない。観客から選ばれた三人一組の見張りが昼も夜も監視にあたる。断食が進むにつれて人々の関心が高まり、大勢の見物客が訪れる。そして四十日目には、円形劇場で音楽が盛大に演奏されるなか、興行師の指示で断食芸人は檻を出され、二人の若い女性に導かれて小卓で病人用の食事を取る。これがクライマックスとなる。観客はこの興行に満足していたが、断食芸人だけは不満を抱えている。それは四十日で断食をやめなければならないからである。彼は無限に断食を続けることができると主張するが、四十日を超えて断食を続けることは興行師が許さない。この期間を超えると人々の興味が薄れ、客の入りが悪くなることを知っていたからである。
     やがて絶大な人気を誇っていた断食芸に対する関心が急速に衰えていく。人々の嗜好が別の見せ物に移ったのである。断食芸人は興行師と別れ、大きなサーカスに雇われる。今や彼は自分が望むだけ断食を続けることができるようになる。しかし、人々のお目当ては動物たちであり、彼らは断食芸人の檻の前を通り過ぎていくばかりである。断食芸人はサーカスで働く人たちからも忘れられていく。
     あるとき、監督の一人が断食芸人の檻に気づき、声をかける。断食芸人は、自分が断食を続けていたのは口に合う食物を見つけることができなかったからであって、見つけていたらみんなと同じように腹一杯食べていたでしょう、と言って息を引き取る。断食芸人のいた檻には若い豹が入れられる。生命力と自由にあふれる豹は大勢の見物人を魅了してやまない。
     
     断食芸というと、いかにもカフカらしい突飛な空想の産物であるように思われるが、一九世紀の終わりから二〇世紀初めのアメリカやヨーロッパで、サーカス、寄席、見世物、歳の市などにおいて実際に演じられていた芸である。カフカの描いている断食芸には、この実際の断食芸と共通している面が多々あるようである。
     本論では、『断食芸人』についてのこれまでの解釈を概観した上で、まずこの物語を読む一般読者にとって謎と思われるいくつかの点を作品に沿って明らかにし、次いで作者カフカにとってこの物語がどのような意味を持っていたのかを考察する。

    一 これまでの解釈
    ・・・・・・・

    二 作品に対する疑問
     
     この作品は大きく三つの部分に分けられる。断食芸人が興行師と行を共にする第一部、興行師と別れサーカスに雇われる第二部、そして断食芸人の最後の様子が語られる第三部である。
     第一部の断食芸人は、断食芸によって多くの観客の拍手と賛嘆を得ている。しかし、観客という他者からの評価よりも、自分がどこまで断食できるのかを徹底的に試してみたいと思っている。第二部に至って、自分の限界に挑戦する機会を得る。どこまで断食し続けることができるのか、また周囲の人々はどう反応するのか、そして物語はどのような結末を迎えるのか、――これらの点が読者の興味を喚起する。しかし第三部において、読者は断食芸人の奇妙で不可解な言葉を聞くことになる。
     この作品の大きな謎をまとめれば、次のようになるだろう。
     
    一 なぜ断食芸人はサーカスの監督に向かって赦しを乞うのか
    二 断食芸人の最後の言葉は何を意味しているのか
    三 断食芸人が死んだ後に登場する豹にはどのような意味があるのか
    四 そもそもこの作品は何を描いているのか
     
     まずこれらの疑問について、作品に沿って見ていく。その際、カフカの他の自伝的作品群においてもテーマとなっている「世間」との関係に着目する。

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    カフカ研究会は、フランツ・カフカの文学に関心を持つ研究者の会です。 1978年に、西日本地区の大学でカフカを研究する5人の研究者によって設立されました。年2回、各地持ち回りで研究集会を開催しています。あと数年で50年も続く研究会になります。note管理人は林嵜。

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