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カフカ最埌の䜜品の謎詊し読み版

    『歌姫ペれフィヌネあるいはねずみ族』 芞術か、英雄か 䞋薗

    はじめに 語り手の登堎
     䞀九二四幎䞉月䞭頃から曞き始められ、同幎六月に亡くなる盎前たで手を入れおいたずいう『歌姫ペれフィヌネあるいはねずみ族』以䞋、『歌姫ペれフィヌネ』ず略蚘は、名実ずもにカフカ最埌の䜜品である。この䜜品が収められた短線集『断食芞人』は、収録された四぀の短線䞭『歌姫ペれフィヌネ』を含めた䞉䜜品が芞人・芞術家を䞻人公にしおおり、終生「曞くこず」に固執しながらも芞術家を題材に取り䞊げるこずがほずんどなかったカフカ䜜品の䞭で異圩を攟っおいる。ずりわけ『歌姫ペれフィヌネ』は、文孊ず同じくこずばを甚いた芞術である歌を問題ずしおいるずいう点で、カフカの文孊芳が他の䜜品よりも盎接的に珟われ出おきおいるず蚀えるだろう。明確な文孊理論ず蚀えるものを曞き残しおいないカフカだが、その数少ない䟋倖に「マむナヌ文孊」のテヌれがある。䞀九䞀䞀幎䞀二月二五日付の日蚘に蚘されたこのテヌれは、ドゥルヌズずガタリがたずめた定矩によるず次のようになる。①マむナヌ蚀語による文孊ではなく、メゞャヌ蚀語を䜿甚した少数民族の文孊であり、②その䞭では個人的な事柄党おが盎接政治ず結び぀き、③党おが集団的䟡倀を持぀。日蚘ではワルシャワのナダダ文孊や圓時のチェコ文孊に぀いお述べられたテヌれではあるが、ドむツ語を話すナダダ人であったカフカの文孊こそがこのようなマむナヌ文孊のひず぀であるこずに議論の䜙地はないだろう。マむナヌ文孊の特性を端的に衚した䜜品ずしおドゥルヌズずガタリが挙げるのが、『ある犬の探究』ず『歌姫ペれフィヌネ』である。
     タむトルからも明らかなように、『歌姫ペれフィヌネ』は䞻人公であるペれフィヌネずねずみの䞀族に぀いおの物語である。芞術家を自称するペれフィヌネが自身の歌をめぐっお䞀族ず察立する、その様子が語り手の芖点を通しお描き出される。この察立を、カフカよりも少し前の時代に倚く曞かれた芞術家小説が奜んで取り䞊げた、芞術家ず垂民の察立ず捉えるこずも可胜だろう。 実際ペれフィヌネの䞻匵からは、ペれフィヌネずいう芞術家察倧衆ずいう構図が浮かび䞊がっおくる。
     個ず集団の察立構造は、カフカの倚くの䜜品に共通する。先に挙げた『ある犬の探究』においおは、「私」を名乗る犬が呚囲から䞀歩退き犬族党䜓を芳察するこずによっお、そしお未完に終わっおいる䞉長線小説『倱螪者』、『蚎蚟〔審刀〕』、『城』では、いずれも䞻人公がよそ者ずしお登堎しおくるこずによっお、個察集団の構図が維持されおいる。これらの䜜品同様『歌姫ペれフィヌネ』においおも、個ず集団の察立関係は䜜品を動かしおゆく原動力ずなっおいる。
     䞀人称小説である『ある犬の探究』はもちろんのこず、長線小説における語りの芖点は䞻人公の芖点ず重なり合っおいるがゆえに、これらの䜜品においおは䞻人公の芖点から捉えられる察立が問題ずなる。ずころが『歌姫ペれフィヌネ』では䞀人称の語り手が登堎するこずによっお、この関係は䞻人公偎から芋た䞀方的な察立ではなくなる。語り手の芖線を通すこずによっお『歌姫ペれフィヌネ』においおは、マむナヌ文孊のテヌれにもあるように、個人を䞻䜓ずする芞術が集団ず切り離すこずのできないものずしお珟われるずいう、芞術の自埋性を唱える芞術芳ずは異質な芞術が問題にされる。それゆえに、同䜜品に描かれる察立関係は芞術家小説特有の察立ずは異なる様盞を呈する。『歌姫ペれフィヌネ』では、個ず集団の二項察立ではなく、ペれフィヌネずいう䞻䜓䞀族ずいう集団䞀人称の語り手の䞉者間の関係が問題ずなるのだ。
     この䜜品にはもずもず『歌姫ペれフィヌネ』ずいうタむトルが぀けられおいた。『歌姫ペれフィヌネあるいはねずみ族』ずいう新たなタむトルは、この物語がペれフィヌネずねずみの䞀族ずを扱ったものであるこずを前面に抌し出しおいる。だが、䞡者を扱うこずを蚀うだけならば、「あるいはoder」ではなく「ずund」を甚いお二者を結び぀けるだけで十分だったはずである。カフカはこの新たなタむトルに぀いお以䞋のように曞き蚘しおいる。

    物語に新しいタむトルを぀ける。歌姫ペれフィヌネ、あるいはねずみの族。このようなあるいはを䜿ったタむトルは、確かにずおも芋栄えがいいずいうわけにはいかないが、ここにはひょっずするず特別な意味があっお、倩秀のような䜕かがある。

    Drucke zu Lebzeiten. Apparatband. S. 462f.

     ここでカフカの蚀う「特別な意味」、「倩秀のような䜕か」を生み出しおいるものこそ、語り手の存圚であるず考えるこずは的倖れではないだろう。倩秀の支点ずなるべくペれフィヌネず䞀族ずの間に眮かれた存圚が、タむトルにおける「あるいは」であり、物語における語り手である。本論は『歌姫ペれフィヌネ』における語り手の存圚に焊点を圓おるこずによっお、䜜品に䞎えられた「特別な意味」を探っおゆく。これたでの䜜品では䞻人公の偎、すなわち個人の芖点からのみ捉えられおいた個ず集団の察立が、『歌姫ペれフィヌネ』では新たに第䞉者の芖点から捉え盎される。そのような䞭立的立堎にある者ずしお、語り手は䞡者から等しく距離を取り、その察立を客芳的に叙述する。しかしながらこの語り手は䜜品の終盀でその態床を倧きく倉化させ、ペれフィヌネを「我々䞀族の英雄」377の䞀員に数え入れる。集団ず察立する個をたさに集団を代衚する存圚であるはずの「英雄」にたで高める語り手は、ペれフィヌネずはたた違った圢で芞術の問題を䜓珟しおいるず蚀えるだろう。このような芳点から、本論では芞術をめぐる個ず集団の関係を読み解き぀぀、語り手がペれフィヌネの物語を物語るこずの意味、そしおその背埌にある芞術芳に迫っおゆく。

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    カフカ研究䌚は、フランツ・カフカの文孊に関心を持぀研究者の䌚です。 1978幎に、西日本地区の倧孊でカフカを研究する5人の研究者によっお蚭立されたした。幎2回、各地持ち回りで研究集䌚を開催しおいたす。あず数幎で50幎も続く研究䌚になりたす。note管理人は林嵜。

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